ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年11月14日(おれの思うMomの良さみ、Oliver CoatesはRenoiseユーザー、ほか)

radiko.jp

 アトロク「俗流アンビエント・ミュージックとは何か?特集 by 柴崎祐二」聴いてます。これまでのどの特集よりも素晴らしい……。Local Visionsが早くもTBSラジオに爪痕を残したのか。BGMで「リサフランク420/現代のコンピュー」が流れた瞬間に電撃を受けた。宇多丸「僕も家で流すためにvaporwaveいろいろ聴いてますけど……」マジかよ。vaporwave特集やってくれ!!!

 Momさんの新譜、音楽がいかに生活を豊かにしうるか、ということから一歩踏み出して、ちっぽけな表現がいかに生活を豊かにしうるか、という確固とした哲学がアティチュードからサウンド、そしてリリックまで染み渡っていてそれが感動的。詩も音楽も取るに足らない余剰であって、ときに現実から人の足をからめとってつかまえてしまう厄介なものである一方で(「スカート」)、誰かの足元を照らす光にもなるかもしれない(「タクシードライバー」)、ありふれた「魔法」であり、誰もが自分しか知らない歌を持っているはずなのだ(「ハッピーレインマン」)。MomというSSWを特別なものにしているのは、もちろん第一にはその人びとに訴えかけるポップセンスやぎりぎり青臭い言葉のセンスなのだけれど、もっと重要なのは、上で述べたような表現に対する独特の信頼と確信だと思う。加えて『PLAYGROUND』のブラッシュアップされたサウンドが見せるのは、表現というのはしばしばとるにたらないありふれた「魔法」にしかないが、「クラフト=手仕事」によって、より強力に人びとに感染する、特別な、かけがえのない「魔法」にもなりうるのだというその事実だ。

 Johnny GreenwoodやHerbertにもフィーチャーされ奏者としてはもちろんコンポーザーやプロデューサーとしても注目を集めるチェリストのOliver Coatesが今年出したアルバム『Shelley's on Zenn-La』。なんか古き良きIDMっぽい手触りというか、オーディオをプロセスするというよりはシーケンシングとシンプルなエフェクトでまとめてるのが妙に面白い。なんだろうなと思ったら、6曲目の曲名(「Cello Renoise」)にもなっている通り、Renoiseをヘヴィユースしているらしい! 言われるとしっくりくる。ブレイクコアというかドリルンベースっぽい感じとかもね。あるインタビューによると、アルバムのうち半分にあたる4曲でRenoiseを使っているとのこと。

 Sam Gendelいいなあと思って聴いてたんですがこれがいくとこまでいってて震える。何の音だこれ。インプロなのか作曲なのか事後的に演奏をプロセスしてるのかわからん(メロディっぽい流れはサックスとかかなと思うが)。まちがってエンコードしたmp3みたい。アンビエントともなんとも言い難いつかみどころのないサウンドだけど妙にくせになって繰り返してしまう……。

 崎山蒼志さん新曲、いちいちコメントするのも野暮だけれど、一曲一曲きちんとカラーが出ていてアルバムにも期待がかかる。ギターの弾き語りで果たしてどこまでの世界が開けるのか、と同時に、やっぱりKids Aの荒削りながら可能性の塊という感じだったバンドサウンドにゆくゆくチャレンジしてくれることも願う。アルバムのティーザーも出ている。力強いシャウトから始まる意表突く冒頭に圧倒される。まさかの打ち込みまでやってるぜ。ちょっと予想超えてくるかも。

 あっこゴリラ×GEN(フォーリミ)でprod.がパーゴルってすごい組み合わせ。GENのハイトーンなボーカルが意外なくらいマッチしている。メインで歌うのがワンフレーズだけなのがもったいない。アウトロは二倍長くていいよ。笑

 CHAIが人気の理由、曲がいいとかボーカルがいいとかいろいろあるけど個人的にはドラムが低くてでかいというのがある気がする。根拠ないけど。胴鳴りまで堂々と鳴らしきる重心の低いドラムとごりっとしたベースの質感がポップな演奏に迫力だしててくせになる(おれは慣れるまで「なんでこんなどんくさい音なんだ…」て思ってました、すみません……。でもポストパンクっぽさのある音作りってこういうどかどか鳴るのよりタイトなイメージが強くて)。

 佐々木敦『ニッポンの音楽』読了。はっぴいえんどYMO渋谷系小室哲哉つんく♂中田ヤスタカという物語自体はすごくきれいにできていて、「内‐外」の関係性に着目する一貫性も、ところどころつまづくけどわかる。「はっぴいえんど中心史観」や「渋谷系神話」はここで終わりでもういいでしょう。やはりこの本がそぎおとした部分にこそ旨味がつまっているように思えるのが2018年。世間の潮流としてはヒップホップ的価値観を中心にラディカルに編み直したJ-POP論とかが出てきてもおかしくなさそうな気がする。あるいは、R&Bソウルミュージックの流れを汲んだ歌謡曲~J-POPというのは渋谷系にせよ和製R&Bの流行にせよ結構な蓄積があると思うので、そこを軸に識者が編んだ日本の戦後音楽史というのがあったら読んでみたい。レア・グルーヴ的に楽しむんじゃなくて。

 リブート版WIRED、本誌読んでないんですけど編集長からのメッセージにはっきりとしたヴィジョンが感じられなくてもやもやとする。かつ、表紙がジェネラティヴ・アートというのもなんかいまどき陳腐じゃないですか。若林さんのときの意表を突くテーマ設定や、にも関わらずなんかようわからんが説得力のあるメッセージがちょいと懐かしい。かといって「優等生でつまらない」というよりは、単純に保守化、退行のようにも感じられ……。カリフォルニアイデオロギーのリベラル風縮小再生産になってそうでやだなあ。

 最近すごく些細なことでもんもんとしていて、というのは「ブラックミュージック」っていうのは適切なのか? ということで、PC的にも微妙だし実情としても(「ブラックミュージック」の担い手は必ずしもアフリカン・アメリカンではない、ヒスパニック・アングロサクソン・アジアン等々もいる)ぜんぜんあってないし。いまどき「ブルーアイド・ソウル」なんてわざわざ言わないのに「ブラックミュージック」とは言うんだなーとか。しかも指す範囲がルーズすぎるからなんというか便利に使えすぎる。だから基本的には具体的なジャンル名を書くことにしているし、どうしても思い浮かばなかったら「いわゆる『ブラックミュージック』」と書く。まあそれを言い出すと「ソウル」っていうのもアメリカにいるアフリカン・アメリカンにとっての「ソウル」じゃん、みたいな感じにもなってくるのだが……。

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 ダントーの邦訳、ちょっと値が張るかもな~と思ったら3000円くらいで意外とお手頃価格だ。読みたいなあ。

 まりえってぃと添い寝するちよちゃん。