ただの風邪。

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SHISHAMO「明日も」のやつの話

 SHISHAMOの「明日も」がサビでめっちゃ遠隔調に転調する、みたいな話をTLでよく見る。みんな転調とかコード進行とかの話めっちゃ好きだよなあ。

 具体的にどういう評価されてるかはまとめ読んでないけど(Togetterは人をダメにするサイトだと思ってるので読まないことにしている)、曲として成立してるんだからいいし、こういう無茶なことをガッとやるのかっこいいと思う。そこまで変にも聞こえないけど。和声的にどう説明できるかはそういう話が得意かつお好きな方が山程いるだろうのでちょっと見方を変えてみる。

 SHISHAMOは日本のオルタナ~フェスロックに至るゼロ年代邦ロックのJ-POP化(というかお茶の間化)がかなりこなれたところまで来た代表格という印象がある。メロコアの流れでいえばWANIMAに対応するような。ぱっと聞きの意外性とかで耳目を集めるというよりは、ふつうにいい曲書いて元気な演奏をしてそれがなによりも魅力になっている、というなんかめっちゃ健全なバンドというか(「ちゃんと聞くといろいろやってるぞ」とか怒られそうだが)。もはやスリーピースでジャキジャキと金属質のギターが元気に鳴っているようなサウンドというのはお茶の間に安心感を与える要素なわけだ。

 とはいえ一方で、ぱっと聞いたときに注意を惹くような要素には欠ける、という評価もありうる。SHISHAMOくらい歌声やサウンドが浸透していればそうでもなかろうとは思うし、メロディそのものが力を持ってるから、とは思うけれども、凝った展開や「過圧縮」なポップス、あるいはギミックや「ネタ」が盛り込まれた楽曲が隆盛するなかではそうも言ってられないところはあるだろう。その点、わりあいにオーソドックスなソングライティングとサウンドの手札だけでなにができるか、と考えたら若干違和感があるくらいの転調も戦略としてぜんぜんありだ。

 もちろんSHISHAMOがそういう意図をもって作曲したとも思わないし、CMタイアップとはいえ使われているのはサビの部分だけ。MVはつくられているけれども「明日も」はシングル曲ではない。恐らく自然にできて「これはこれでいいじゃん」となったタイプの転調なんだろう。しかし数ある楽曲のなかからこの曲がタイアップ曲に選ばれたり人気曲になるに至るまでに、「無茶な転調」がつくり出すじわっとした違和感が果たした役割は少なくないんじゃなかろうか。サビのメロディや進行がいいよね~、と思っているが実はその前の違和感の演出があってこそ、サビが耳に残っているというふうに考えることもできる。

 そもそも「この転調は無茶だ」みたいなジャッジが成立しうるのは、単に和声というか調性というのがこれまでにそれなりに体系化を施されてきたからというだけに過ぎない。それを言ったら曲のなかで突然ビートが半分になったり、ドラムスが生から打ち込みに代わったり、ギターがクリーントーンからいきなりファズの轟音になるのだって同じくらい「無茶」といえば無茶だろう。最近自分がよく言及しているEDM由来の「ドロップ」にしたって、「そんなん無茶だろ!」という思い切った展開の意外性こそが高揚を生むのだし。CreepやSmells~のギターの音色変化に「サビでいきなりヘヴィになる!」って騒ぐ人なんかいないのに、和声の話になると議論が盛り上がるの、いかに和声という領域が特権的に扱われてきたかの表出のように思えるな。和声はそれらしく語りやすい、音楽の言語のなかでもっとも語彙が洗練されている分野なんだよな。まあその言語をほとんどしゃべれないワタクシが言うと僻みみたいになりますが……。