ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年11月1日(長谷川白紙と静岡の若手ミュージシャンのイベントがあったら万難を排して行きたい)

natalie.mu

 「歩くいい話」ことtofubeatsにまたひとついい話レパートリーが。冗談はさておき、活動の最後の節目にこのメンツでアルバムを出すねむきゅんの義理堅さよ……。でんぱ組.incってあんまり熱心に追ってなかったけど、よく10年続いてあそこまででかくなったよなあ、と思う。ねむきゅん脱退後の活動もがんばってほしし。

 またGEOに。スカートの新譜が入っていた。あとはアイマス関連を中心にアニメソングをチェック。最近はiTunes Storeや各種ストリーミングでも配信されるアニソンが増えているのでフィジカルを探す前にとりあえず検索をかけるのが常になってきている。帰りに中古屋でもdigしていくつかいい感じの価格帯で目当てのものをゲット。Amazonマケプレヤフオクもフル活用しつつ、資料を集める。

 もし長谷川白紙と静岡の若手ミュージシャンのイベントがあったら万難を排して行きたいな。静岡ってたしか行ったことないんだよ。さわやかのはんばーぐたべてみたい。長谷川さん作品もそうだけど学生かつ仕事で忙しそうだけど世代かかわらず音楽チェックしては素直に感嘆して評価する姿勢がいいよな。崎山さんとか諭吉佳作/menさんをちゃんと聴いたの長谷川さんとかJohn Gastroさんがめっちゃ褒めてるからとかだったしな。そういうわけで浜松シーンと長谷川白紙の邂逅なんかあったら見に行きたいよ~。

 『タンゴと日本人』読了。いい本なのだが、タンゴという音楽にとって日本が特別な意味をもつことを強調しようという書き手としての色気と、かといってそういう「イメージ」が実態と必ずしも一致していないことを示そうとする研究者としての誠実さがいびつにでているところがたまに感じられて、日本におけるタンゴ受容史に関する記述だけにすっぱり割り切ったらよかったのにと思ってしまう。新書らしいキャッチーなメッセージを出そうというのが邪魔しているというか……。とはいえ示唆を受ける部分も多々あり、たとえば「日本発のタンゴのスタンダードソング」がないことを指摘しているところは日本の音楽がよってたつ産業構造にある歪みを浮かび上がらせているよう。

[…]20世紀後半の日本のレコード会社のほとんどは外資100%の会社か、あるいは外資と日本資本の合併会社であり、海外に向けてタンゴのようなポピュラー音楽を売ることは、やるべきことの範疇外にあったからである。

当時、日本のレコード会社に求められていたのは、合併相手の欧米の会社が作った音楽、つまり洋楽を売ることと、日本製の流行歌やポップス、つまり邦楽を売ることであり、オリジナルのタンゴをわざわざ録音して売り出すことは求められていなかった。

結局、日本の大手レコード会社が世界のタンゴの市場に向けてタンゴのオーケストラを組織し、世界に通用するタンゴを録音して打って出るということが、本格的なプロジェクトとして実行されることはなかった。(p.214)

 これはタンゴに限った話ではないだろう。「内需優先」とか「言語の壁」とかではなくて、そもそも日本に近代的なレコード産業が生まれた時点で、その構造は「輸入」と「邦楽」に特化していたのだということだ。

タンゴと日本人 (集英社新書)

タンゴと日本人 (集英社新書)

 ポップミュージックに関する語りがヒップホップに寄りすぎていて、ここにどうやってオルタナティヴをぶっこんでいくかということばかり考えている……。宇多丸のヒップホップ入門も買うべきかいなか。もういいよそういうの、みたいな気持ちにはなる。「今日は一日ヒップホップ三昧」のときはぶち上がったけどねえ。それでEDM論などもやっているわけですが……。

 最近気持ちが緩んでなんとなく「充電モード」になってるんだけど次の一手は果たして。ZINEの準備が進まない、なぜならずっと寝てるか本読んでるから。動き出さねば。明日は既出の原稿のまとめをしよう!