ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年10月29日(米津玄師、やっぱ凄いです、甘く見ていてごめんなさい)

 ユリイカ最新号のK-POPスタディーズ、ひととおり目を通してから改めて別記事たてて書こうと思いますが(論考を書いてからいろいろと補足するべきだろうこともあった)、輪島裕介さんの論考で自分の名前が言及されているというのでちょっとびっくりする。新書になっている輪島さんの演歌論、歌謡曲論は昭和日本の芸能について考えるきっかけだったのでうれしい。

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽 (NHK出版新書)

踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽 (NHK出版新書)

 「Flamingo」と両A面シングルでリリースされる米津玄師の新曲「TEENAGE RIOT」、「Flamingo」よりもわかりやすいロックになってるけど、サウンドの抜けが「Flamingo」に続いて相変わらずいいのと、Aメロ‐Bメロ‐サビ‐Cメロ…というパートごとにサウンドの方向性が細かく切り替わってメリハリがでているのが面白いですね。一番わかりやすいのはドラムでしょうか。ギターの重ね方もシンプルながらきっちりしてる。

 IZ*ONEの1st MV。楽曲もMVもまあきちんとしているなあという印象になってしまう、もうひとつくらいひねりがあったほうがいいんじゃないかと思う一方で、でもオーディション番組発の期間限定ユニットの一発目だから文句出ないほどの安牌をずばっと見せつける、というのは正しいしやっぱりクオリティは高い。

 タイから政権批判ラップが出てきて日本でも話題になる、というのはヒップホップというカルチャーのグローバル化をまざまざ見せつけられるようで興味深い。「社会的だから、政治的だから偉い」というような論調には与したくないけれど、でも「声なき者に声を与える」ものとしての音楽の力が伝わってくる。また、語り手が次々と入れ替わるマイクリレーというヒップホップ独自の形式が潜在的に持つ(文学的な意味での)ポリフォニックな可能性にもはっとさせられた。

 渋谷のハロウィンのあれ、「田舎者が騒いでいる」みたいな批判をたまに見るのだが、実はきわめて都市的な現象であってすこしも「田舎」性はない。むしろ都市の本質はああいう祝祭とカオスであって、あんなことは慣習と相互監視によって緊密に秩序化され、そもそも「モブ」的なあり方が不可能に近い「田舎」では起こりようがない(もちろんグラデーションはあるが。あとこれが悪いというわけでも良いというわけでもない。そういうものだということだ)。都市においてどのように秩序が可能か、という問いを忘却してあたかも都市には都市の洗練された本性があるかのように振る舞う人こそ、都市というものに対してまったく無理解だというほかない。

 朝起きるなり髪を刈る。もともと1.5cm大の脱毛がなかなか治らず難儀しているところに1cm大くらいの脱毛が増えてて「マジか?!」となる。不摂生? わかめ食ったらいいのかな? 丸坊主にするとめっちゃ体感温度が下がるのだが、それのせいか風邪がぶり返す。季節の変わり目~。メンタルの調子もよくない。自分のことを進めないといけない(ZINEとか、資料集めとか)のだが動けない。こういうときもあるか、と思っておく。一日寝て寝て寝たおしてかろうじて動けるようになる。また葛根湯を買ってきて、こころもとないので鉄分とビタミンのサプリも買ってきた。