ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年10月27日(show me your forgiveness)

 厳密には昨日だけど寄稿したユリイカK-POP特集見本誌が届く。ひゃー、ほんとに載っちゃったよ。また発売日に改めて告知します。

 来年の1月10日にある88risingの東京公演、とりあえずチケットとった。行けるかどうか。

 ヒプマイ公式の「Wait Until Tomorrow...」ってなんなんだろうと思ったら、ヒプノシススピーカー…?

 サンフランシスコのティーンエイジャー(いま18歳らしい)、Justin CheromiahのプロジェクトであるHigh Sunnがとてもよい。808を中心にした打ち込みのビートの上でかっすかすのファズギターとへろへろの歌声がたゆたう、ドライでローファイなドリームポップ。ラッパーがふわっと現れてラップして帰ってくみたいな感じもすごくいい。

 TOYOMUのアルバム、冒頭からノックアウト。The Normal「Warm Leatherette」をオマージュした2曲目の「ファルソ」に底知れなさを覚える。ニューウェーブ、なんならプレ・ニューウェーブみたいなミュート・レコード初期を思わせるシンセポップに、ニューエイジのニュアンスが加わったような異形のビート集。なんやねんこれ。めっちゃ好き。

 「1 Thing」のAmerieがEP(『4AM Mullholland』)出してて聴いたんだけどめちゃ良かった。タイトル曲の「4AM Mullholland」のドライなのにずーっしりと遅いグルーヴにうっとりしていた。Richard Spaven『Real Time』もはんぱねーかっこよさである。各所で絶賛を受けるJulia Holterはよくわからず。ついでにThom Yorkeのサスペリアサントラもなんかよくわからず。Thom Yorkeのは「あぁ、めっちゃロックの人や」となんとなく感じた。根拠はわからんがいろいろクラスターっぽかったりグリッサンドを多用して恐怖映画の劇伴っぽいボキャブラリーを取り入れつつも結構ポップで「聴ける」感じと、その聴きごこちがやっぱトムな感じというか……。

 はっしーのニューシングル2曲目「Finding Lover」、Future Bass案件ですね。どうもありがとうございます……!

popnroll.tv

 冒頭の、「なぜ凡百のラウド系アイドルソングはつまらないか」に関する小出さんの分析はとても面白い。たしかに、ロックっぽいサウンドであっても気持ちよく聞こえるかどうかの微妙なラインってあって、あくまでプロダクトとしてアイドルソングを捉えたときには、フレーズの妙や演奏の技術、そしてミックスに至るまでの方法論が必要。でもそれって別にアイドルに限らないよなあ。おれが米津玄師の「Flamingo」に地味に感動したのは、やっぱ一気にサウンドが垢抜けた印象だったから。アレンジやサウンドをどう凝っても、きちんとミックスまでを見据えているかで違うんだよな。J-POP的正解だけではなく、きちんと楽曲にあった正解を出したというか……。でも実は出ている音域とかを考えるとJ-POP的にもアリでもあり、ほんとすごくうまくできてる……。

 GEOに行ったのでIDOLiSH7のアルバムと、最近気になったアニソンのシングルをいくつか借りてきた。「ゆるキャン△」EDの『ふゆびより』はカップリングの2曲がエレクトロニカと音響で、なんでこんな作品がカップリングに?! という出来。「あそびあそばせ」OP『スリピス』とED『インキャインパルス』は、まあ、単純に、「あそびあそばせ」めっちゃ好きということに尽きる。いい曲だし。クール後半になってくるとエグい下ネタがどんどん増えていって「これはいいのか?」となったけど、下ネタの露悪性によっかからずに演出と演技をちゃんとやりきっててよかったなと思います。『はいからさんがとおる劇場版』の主題歌にもなっている早見沙織『新しい朝』も借りてきた、カップリングに収録された早見さん自身が作詞・作曲の2曲がほんとすばらしい。こちらはSpotifyなどでも視聴可能。クソほど再生しましょう。

 「都丸ちよ・柳原利香のアレコレ!」pixiv FANBOXで支援者になってしまった。ヤバいってこの番組は。中の人経由で椎名法子Pになってしまいそうだ。

 ヤバない? エモない?

 若おかみの感想は先日書いたしそこまで悪い印象がないんだけどTLの人びとがあまりに絶賛一色なので気持ち悪くなってきた。「私は両親を事故で失ったおっこではなく『若おかみ』のおっこだ」と言い切るシーンは「大人になること(=イニシエーション)」と「経済に参入すること」と「歴史‐共同体のなかに自らを位置づけること」を見事に混濁させたなんとも言えない居心地の悪さを覚えるもので、さらにそこに「赦し」が加わっているからたちが悪いように思える。現代においてまさしく人はそのように「大人になる」のであってまったく間違ったことは言ってないし正しく教育的な映画だとは思うのだけれどそうしたあまりにも教育的な正しさに対してあたかもある種ヒロイックな物語であるかのように素朴に感動するのってどうなのって思う。過去を切断して「若おかみ」になることによってしか他者への赦しはありえないのか。もやもや。いや姪っ子にはぜひ見せてあげたい(そしてこのできの悪い叔父のようにはならないようにしてほしい)し多くの人が感動するのはわかるんだよ。わかるんだけどでもあの映画においてことごとく自然化されている「大人になる方法」がどれだけ奇妙かというのは思うんだよな。要するにおれが思っている以上に世の中の人はまっとうに大人なのだ。