ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年10月25日(大前提:踊っているほうがかわいい 小前提:かわいいは正義 ∴踊っている方が正義)

 毎回ふたりの女性声優が持ち回りでパーソナリティをやるソシャゲの動画番組を見て、「あれ? そういえばこれ毎回事務所ごとのコンビなのかな?」と思ってひととおりパーソナリティの面々をチェックしたあとで、「なんでおれ女性声優の所属事務所をこんなに把握してるんだろう」と頭をかかえてしまった。

 JPEGPNGだとPNGのほうが偉い、なぜならアルファチャンネルを持つから。

note.mu

 ライターの近藤真弥さんが小西真奈美のデビューアルバムをレビューしていた。歌詞の言葉遊び、たしかに凄い。MCバトルブーム以降、「韻を踏む芸術」としてのラップは急激に認知度を高めた一方、「譜割り/フロウ」の概念や、そうした技巧のうえでこそ紡ぎ得るラップならではの物語や意味といった側面が若干見過ごされているかもな、と感じる。それをふまえていえば、2016年以来の断続的な小西真奈美の「ラッパー」としてのキャリアは高い水準を叩き出していると言える。

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 petite miladyのアー写を見るといつも、もはや死語だろうが一時期流行った「童貞を殺す服」という概念を思い出す。プチミレの「童貞殺し」感はすごい。好きなんだけどなんかこの概念のせいで複雑な気分になる。悠木碧さん……。

 大前提:踊っているほうがかわいい 小前提:かわいいは正義 ∴踊っている方が正義

 昨日書いた兼本浩祐『なぜ私は一続きの私であるのか ベルクソンドゥルーズ・精神病理』を読了。哲学と臨床が混じり合いながら紡がれていくベルクソン読解、ドゥルーズ読解、かなり刺激を受ける。ドゥルージアンやベルクソニアンから見てどう評価されるかわからないしけして読みやすくもないのだけれど、ドゥルーズを読んでみようと思った、持っているのはドゥルーズガタリの『千のプラトー』『哲学とは何か』くらいだが。後者はこの本でも言及されているので再読しようか。マジで意味わからん本だったけど多少なにかわかるのかもしれない……。

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 大塚英志のインタビュー、やはり抜群に面白い。

 1980年代の中間層の文化で生き残ったのは新人類文化ではなく、オタク文化だった。その理由は簡単で、オタクたちは「生産者」に転じたからです。

 あえて当時の新人類文化とオタク文化の違いを指摘するなら、新人類文化は「消費する文化」「論じる文化」です。対してオタク文化は、同人誌でもフィギュアでもゲームでも自分で作ってしまう文化です。

 そうやって、作り手の側に回ったオタクたちの次に、「消費するオタク」が生まれるわけです。

 オタクは消費の主体であるとともに生産の主体でもある、というのはシンプルながら、オタク文化の持ちうるポテンシャルをたどり直すうえで重要な指摘だなあと思う。