ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

ヒプノシスマイクガチ勢に贈る、「ヒップホップの女」の今(+7月23日追記)

hypnosismic.com

2017年のスタート以来徐々に注目を集め、この夏いよいよ本格的に「覇権コンテンツ」となりつつあるヒプノシスマイクですが、みなさんエンジョイしてますか? ヒップホップと女性向けコンテンツの融合という時流を捉えたコンセプトに加え、話題性抜群のプロデューサー・ラッパーといった制作陣、そして多彩なライムやフロウをのりこなす声優陣の芸達者ぶり、どれをとっても聴きどころ・楽しみどころ満載です。個人的には、ラップバトルという設定とヒップホップ要素を、おたくコンテンツと(若干力技で)融合させようという気概に、勇気と歪さを感じて惹きつけられます。

一方で、徹底的な女尊男卑のディストピアを描く世界設定と、それとは裏腹にヒップホップのホモソーシャル性・マッチョイズムをひきずった登場人物の言動に、ジェンダー論の観点から疑問を呈する声が聞かれます。自分の見解としては、まだ登場人物も世界設定も掘り下げが充分ではないことから、一概にそうした批判はしがたいというのが現状じゃないかと想います。なにせ、6枚のドラマ付きEPしか手元にはなく、しかもドラマのほうもいよいよ「中王区」なる物語の核心となる闘いの舞台に足を踏み入れたばかり。そもそもその闘い自体どんなものか、一部の登場人物(各ディビジョンのもととなった4人組、The Dirty Dawgのメンバーたち)以外はあんまりわかっていないようです。

とはいえ、ヒプマイという覇権コンテンツを通じてヒップホップのセクシズムやミソジニー女性嫌悪)が過剰に強調されて受容されるとしたらやっぱり残念ではあります。未だその傾向が根強く残っているのは否定できませんが、私見ながら、女性ラッパーの活躍は目に見えて増えています。ラップを単純に「男のもの」と考えるのは、ジェンダー論的に問題があるだけでなく、今の現実を反映してないと思います。ヒップホップについては半可通ながら、ジェンダー論の空中戦ではなく「実際のいまのヒップホップってどうなのよ?」という点をフォローしてる人がいないなと思ったので、覚書程度に書いときます。

たとえばUSにおいてはここ1年、Cardi Bの躍進が凄まじく、彼女はまさしく女性ラッパーがこれまで持っていたチャート記録をがんがん塗り替えている真っ只中です。

fnmnl.tv

また、Cardi Bの活躍に呼応するように、この10年で随一と言っていい人気フィメールラッパーのNicki Minajは、8月に発表する4年ぶりの新作に向けてリリース攻勢を仕掛けて話題を振りまいています。

あるいは、厳密にはラッパーじゃありませんが、BeyoncéのCoachella 2018でのパフォーマンスは黒人女性シンガー史上エポックとも言うべきスペクタクルとして大きな評価を得ました。

(Coachellaのオフィシャルビデオがなかったんで、最近の代表曲を)

あるいは日本に目を向けても、昨年リリースされたAwichのデビューアルバム『8』は、年間ベストにも匹敵する高い評価を得ていますし、フリースタイルダンジョンでの対呂布カルマ戦で図らずもバズった椿のようにジェンダー・コンシャスなスタイルをとるラッパーも堅実にキャリアを重ねています。

i-d.vice.com

あるいはいまヒップホップシーン内外から最も注目を集める男女デュオ、ゆるふわギャングのNENEもカリスマ的な人気を誇ります。

もっとヒップホップを追ってる人ならば、他にも注目すべきフィメールラッパーをたくさん挙げられると思いますが…… つまり、業界の構造とかシーンの空気感はともかくとして、プレイヤーのレベルで言う限り、いまだ充分ではないといえども、女性の活躍ははっきりと増えているわけです。あとは、個々のラッパーがどうこうではなく、もっと女性ラッパーがいて当たり前という空気感が醸成されてきてなんぼだとは思いますがそれはそれ。

また、個人的に推しているフィメールラッパーとしては、シカゴのNonameがいます。彼女はたとえばCardi BとかNicki Minajみたいなポップで華のあるラッパーとはちょっと違って、抑えたトーンの淡々としたラップのなかで、地元シカゴの暮らしから見える現実を、リリカルで捻りの効いた表現で描き出しています(それだけにたまに出てくる生々しい言葉にぎょっとするんですが)。

Cardi BとかNicki Minajのラップには圧倒される男性や強い共感を覚えて快哉を叫ぶ女性も多いかと思います。タフ、セクシー、しかし男性に媚びるようなスタンスはとらず、パワフルなパフォーマンスを見せる。その一方で、Nonameみたいに地に足ついて、チャーミングで、いつの間にかそのラップに聞き入るようなラッパーもおるぞ、ということです。

もっと詳しい方が丁寧に論じるべき話題かとは思いますが、以上、参考にでもしていただけたら。ヒプマイについてはまた別に楽曲の観点で書きたいことがあるので、まとまったらまた書くと思います。ではまた。

追記

Twitterで徐々に拡散されているようなので、少し追記です。もう少し「ヒップホップにおける女性」について補っておきたい点を自分の観点から書いておくので、関心のある方はお読みください。(歴史的な経緯の簡潔なまとめはこちらの記事が参考になります→新世代の“ビッチ“ラッパー cupcakKe 下ネタキャラと引き換えに得るもの - KAI-YOU.net

少なくともUSのメインストリームで女性ラッパーが健闘していることは事実ですが、もちろんヒップホップのミソジニーホモフォビアには根深いものがあります。BLM運動が大きくなる直前はクイア・ラップや性的マイノリティを扱った曲が注目を集め、あるいは若いラッパーのあいだでカミングアウトやそれに対する支援があいついだことがありましたが、黒人に対する警官の暴力問題が激化するにつれて、そうした性的・民族的マイノリティ間の融和のムードよりは、民族的なアイデンティティ・ポリティクスのほうが優先される風潮が強くなった面はあると思います。個々のラッパーの言動については逐一批判するべきと思いますし、単純に「良い時代になったな~」とは言い切れないものがあります。

caughtacold.hatenablog.com

また、そもそもセクシュアリティの問題についても、Le1fやMykki Blancoといったクイア・ラッパー、もっと最近だとYoung M.A.のようなレズビアンのラッパーが登場して話題を呼ぶ一方で、Cardi Bも参加したRita Oraの"Girls"がLGBTコミュニティに属するミュージシャンから批判を受けたように、セクシュアリティをヒップホップ、あるいはより広くポップカルチャーがどのように扱うべきかという点についてはより複雑なフェイズに入っています。ホモフォビアミソジニーに対抗する表現や言論そのものもまた、「正しさ」や「適切さ」のありかたを模索している真っ最中と言えます。

caughtacold.hatenablog.com

日本のシーンに関して言えば、現在の日本語ラップブームの礎と言うべき現在のバトルシーンにおける女性ラッパーの扱いにはジェンダーイコリティの点でもヒップホップのミソジニー体質からしてもいびつだなーと傍目からは思います(あくまで伝え聞く個々のエピソードによりますが…)。個々の男性ラッパーの言動についてはそこまでフォローしていないので言及できませんが、いわゆるラッパーにせよ批評家にせよ、ミソジニーホモフォビアを「ヒップホップの必要悪」として許容してしまう甘さがありますし、ホモソ的な「ボンクラ精神」も幅を利かせているのは確かです。「バトルではミソジニーホモフォビアもアリ」という前提がそもそも女性ラッパーや性的マイノリティのラッパーに対するハードルになっているという面もあるんじゃないでしょうか。そうした問題提起が水掛け論(ミサンドリー的な発言は許容するのか、的な)になりがちなことも、議論を前進させることを難しくしています。

最も説得力があるのは女性ラッパーが自らの活動でそうしたメッセージを示すことなのですが、一方で女性ラッパーがシーンに入ることそのものの難しさがある、というキャッチ=22的な状態は、ヒップホップに限らずあらゆる分野で見受けられるものです。その点で、男性声優を起用した女性向けコンテンツである『ヒプノシスマイク』は、ヒップホップに対する「外からの」「女性の」視線を招き入れるチャンスだと思います。声を上げることを臆さずに、考察や批判を繰り広げることは重要ではないでしょうか。