ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

SNS以降のインターネットで、音楽を通じた社会貢献は可能か?

f:id:tortoisetaughtus:20170829123318j:plain

 アメリカのインディー・ロック・バンド、Deerhoofの新作が、正式な発売に先駆けてBandcamp上で発表された。《Mountain Moves》と題されたこの作品からは既にStereolabレティシアが参加したトラックが先行公開されて話題を呼んでいた。デジタルで先行発表されることはそう珍しいことでもないし、そのプラットフォームとしてBandcampが選ばれることもそう珍しくはない。しかし皆目をひくのは、発表された8月28日から9月7日までにダウンロードされた収益はすべて、アメリカ国内のさまざまなマイノリティ――黒人、ヒスパニック、LGBTQ+など――支援のために設立された基金、The Emergent Fundへと寄付されるという点だ。上掲の記事ではname your priceとなっているけれど、実際に確認すると最低価格は1ドルからになってる。

 よくあるチャリティじゃないか、といえばそれまでなのだが、音楽作品にカネを払うという習慣が消えてゆこうとしている昨今、本作の配信形態は、チャリティ・アルバムという実践を成立させるクレヴァーな試みであるように思える。リスナーから見れば、Deerhoofのアルバムを正規の発売よりも10日早く、しかも1ドルから聴くことができる。つまり、「より早く」「より安く」という二重のインセンティヴが用意されているわけだ。かつ、払おうと思えば10ドルでも100ドルでも値をつけられる。それは作品に対する個々人の主観的な対価を反映すると同時に、自分がある社会問題に対してどのくらいコミットしたいかということをも反映する。音楽だけ聞ければいい、という人なら1ドルでダウンロードすれば良いし、自分が信じる音楽の価値に準じてCDを買うような値段(たとえば15ドルとか)をつけてもよいし、せっかくの機会だからと社会貢献のためにまとまったカネを払ってもいい。かくして、音楽作品が売れない時代に、音楽作品をつかってチャリティを行うことが(おそらくは)可能になるのだ。

 では、バンドがこうした試みに踏み切れるのはなぜだろうか。それもまさしく、「音楽作品にカネを払うという習慣」が消えてゆき、音楽から利益を得る手段が変化したという事情によるだろう。それはストリーミング・サーヴィスから得られるロイヤリティかもしれないし、ツアーやマーチャンダイズで得られる利益かもしれない。いずれにせよ、CDの時代のように、音楽作品に価格をつけ、それを売ることによって利益を得るといったスキームを前提としなくてよくなったからこそ、可能なことだ。……とはいえ、Deerhoofのようなインディー・バンドにとってこうした変化がどのくらいのインパクトを持っているのかはちょっとはかりかねるところもあるんだけれど。

 今回の試みはバンド側からのアクションだったけれど、Bandcamp自体もまた、一日の売上をすべてあるイシューに絡んだ団体へ寄付するキャンペーンを行ってきた。ドナルド・トランプが大統領に就任し移民排斥的な政策を打ち出した折には、一日の売上すべてに相当する金額をACLU(アメリカ自由人権協会)へ寄付するキャンペーンを実施した。また、つい先ごろ(7月末)アメリカ軍からトランスジェンダーの軍人を排除するという決定が報道された直後には、同様に、売上すべてをTransgender Law Centerへ寄付するキャンペーンを実施した。さらに、どちらのキャンペーンでも、取り上げられた社会問題に関連するアーティスト――前者なら、メキシコや中東のアーティスト、後者なら、LGBTQ+のアーティスト――をキュレーションし、紹介することも怠っていない。もちろん、単に自分の好きなアーティストの好きなアルバムを買っても、その利益が寄付されることに変わりはない。これらのケースでは、より直接的に「音源を買うこと=社会問題にコミットすること」というインセンティヴを用意することによって、Bandcampを使うリスナーに音源の購入を促すことになった。

 DeerhoofのキャンペーンとBandcampのキャンペーンはどちらも、音楽を通じたチャリティのあり方を、少しだけ前進させているように思う。Deerhoofのそれは、インディー・バンドが自分たちに可能なスケールで音楽活動とチャリティを両立させる試みだし、Bandcampのそれは、多数のレーベルやアーティストを巻き込みながら、特定の社会問題についてフットワーク軽く――すなわちSNSやメディア上のバズが覚めやらぬうちに――チャリティを実施した例だと言える。大きな資本を持たないアーティストが自分たちの力で社会問題にコミットすること、あるいはプラットフォーム企業が時事的な問題に対してアーティストやリスナーを巻き込んでレスポンスすること。そのどちらも、インターネットのDIY精神とスピード感を再確認し、その価値を見直すに十分なトピックではないかと思う。

 ついでといってもなんだけれど、ラッパーのLogicがこの5月に発表した“1-800-273-8255”もまた、SNS時代にアーティストが社会問題にコミットするひとつの方法を示している。タイトルの数字は、アメリカの自殺者向けホットラインの電話番号。自殺を考えている人々に少しでもこのホットラインの存在を知ってもらえれば、という願いが込められている。今年はChris CornellやChester Benningtonといったロックスターの自殺が相次いだこともあって、期せずして時代に寄り添った一曲になってしまった感もある。

 ヒップホップでは、ヒットしたトラックに新しくラップを被せて発表する「ビートジャック」というジャンルというか慣習があって、Logicのこの曲も上掲のように日本のラッパー・SKY-HIによって“0570-064-556”としてビートジャックされている。タイトルになっているのは厚労省の設置する「こころの健康相談統一ダイヤル」の電話番号だ。他にもSKI-HIは世間を騒がした共謀罪の成立を批判する“キョウボウザイ”を発表したりと、SNSのスピード感とヒップホップのスピード感をうまく同期させているように思う。

 インターネットというと近頃はうんざりするような話題ばっかりで、SNSなんてその温床といってもいいようなものだけれど、あくまでそれは使う人間の問題にすぎない。ということを確認するためのエントリでした。