ただの風邪。

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MachinedrumことTravis Stewartの仕事術がおもしろい、マジ健康そのもの

https://www.xlr8r.com/wp-content/uploads/2017/05/banner.jpg MachinedrumことTravis Stewart近影

 MachinedrumことTravis Stewartと言えば、2000年代初頭にはエレクトロニカにヒップホップ的アプローチを持ち込んだ立役者の一人であり、また2000年代後半に至ってはよりダンサブルな音作りに傾倒し、著しく多様化し続けるベース・ミュージック――ダブステップ、トラップ、ジューク/フットワークetc…――を自在に操るプロデューサー/DJとして活躍する才人だ。

2002年リリースの《Urban Biology》収録、“Cream Soda pt.2”。

2016年リリースの《HUMAN ENERGY》収録、“Do It 4 U (ft. D∆WN)”。

 彼がウェブマガジン・XLR8Rの“Artist Tips”に登場していて、それがめっちゃおもしろかった。

www.xlr8r.com

 だいたいこのコーナーに登場するアーティストは具体的な制作上のTipsを紹介することが多くて、Abletonサンプラーはこう使うんだとか、この曲のこの音はこんなしてつくってるとか、ヴォーカルをプロセスするときはこうしろとか、いわば「サンレコ」的な内容になる。が、しばしばそういう制作からは離れた話題――若いアーティストのためのキャリアパスであったり、長く活動を続ける秘訣だったり――も提供されることがあって、Machinedrumの“Artist Tips”はどちらかというと後者だ。しかもMachinedrumの語るTipsはもうほとんどビジネスパーソン向けライフハックというか、悪口にとられるとちょっと困るのだけど、ある種自己啓発っぽくて、でもなかなか説得力があるからおもしろい。

 そういうわけで、もちろん前掲の記事は「サンレコ」的な観点からも示唆に富んだとてもおもしろいものではあるのだけれど、せっかくだし、それ以外のなんかこうグッとくる部分を主に紹介したい。全体は主に7つの項目に分かれていて、「ルーティーン(Routine)」、「環境(Environment)」、「遊びの時間(Play Time)」、「休憩(Break Time)」、「作り込む(Get Detailed)」、「メモをとる(Take Notes)」、「勉強・練習する(Educate and Practice)」だ。順に見ていこう。

ルーティーン(Routine)

 「自己啓発」感がもっともみなぎっているのは間違いなくここだ。

一日の始めに、自分の人生や周りの人みんなに対する感謝の気持ちとともに目覚めるようにしてみて。馬鹿みたいに聞こえるのはわかるけれど、きちんとベッドから起き上がるのにはこれがほんとに役立つんだ。息ができる、目が見える、耳が聞こえる、匂いを嗅げる、歩ける、そして話すことができる、そんなことに感謝しながら僕は一日を始めるよ。[…]一番ダメなのは起きてすぐスマホをチェックするとか、SNSにログインするとか、ニュースを見るとかすること。そういう『リアル』の世界に飛び込む前に、自分自身をリアルにしてあげるんだよ。

 ほら、なんか「自己啓発」の棚に入ってる本っぽくない? と、半笑いで思うと同時に、スマホとかSNSとかニュースがかたちづくる「リアル」に触れる前に、きちんと自分自身のリアルな感覚を取り戻す時間をとろうって提案には、なるほどと思わされる。感謝の気持ちとともに目覚めたら(この点が僕には到底無理だが)、瞑想したりちょっと本を読んだりしてほんの十数分、いや数分でもゆっくりと過ごして、ご飯食べて、できればメールチェックなんかはせずにスタジオに入る。これ、Machinedrum先生の仕事術。ナンバーワン。

環境(Environment)

 さて、スタジオ入りした読者にMachinedrum先生がまず勧めるのが、掃除整頓。ホコリやゴミクズは払って、ディスプレイもきれいに拭いて、掃除機をかける。それだけじゃなく、もししばらく触ってなくて使う予定もなさそうな機材があったら、どこかにしまってしまおう。いわく、友達がきたときなんかは機材なんかがたくさんあったほうが楽しいけど、作業時は必要最低限の機材に集中できたほうがいいという。なんだかこの人、こんまりの『人生がときめく片づけの魔法』の英訳本を片手に「ときめき(Spark Joy)を感じない機材は片付けてしまうべきだよ!」とか言い出しそうな気がしてならない。*1さて、「必要なツールが君の目の前に揃ったら」と先生。「今度はヴァイブスをつくりだす時間だ」。

 お、いよいよ音出しですか? と思ったらどっこい、ここで重要なのは空間の演出だ。先生は、クールな照明、ワイフと飼い猫の写真、パワーストーン、砂時計、お香などなどをスタジオの空いてる壁や空間に配置してヴァイブスを高めているらしい。特に照明はスマホから調光・調色ができるクールなやつ(PhilipsのHUE)なんだって。

個人的には、スマホでコントロールできる照明とかいらんやろ、誰が買うねん、なんて思ってたけれど、まさかMachinedrum先生が愛用しているとは……。インスタントにナイスなヴァイブスがつくれていいそうだ。

 ヴァイブスが高まったところで機材やDAWの具体的なセットアップの話になるのだが、このあたりはこの記事ではあえて取り上げない。各自ご確認ください。

遊びの時間(Play Time)

 ここからは、より具体的な作曲のプロセスに関わってくる。それゆえ趣味にでも音楽制作を嗜んでいる人ならくまなく読んでみて欲しい。膝を打つ瞬間がいくらでも訪れる。要点だけ抜き出せば、「ディテイルに拘泥せず、遊びの時間を通して生まれるモーメントを上手く取り出して、8~16小節程度のスケッチとしてとにかくかたちにすること」。これが大事だ、ということになる。

 しかし笑ってしまうのは出だしだ。

たとえば君があと二日間で一曲ゼロからつくらないといけないとしよう。君はこう思うかもしれない。『感謝しながら目を覚まして、瞑想して、飯食って、スタジオの掃除と機材の準備を終えたらもう3時間もたってるぞ、この時間が一体なんの役に立つっていうんだ…』。確かに時間の無駄に思えるかもしれないけど、僕を信じて!

 たしかに締め切り二日前に至って「瞑想して掃除することから始めろ」なんて言われたら「正気か?」と思う気がするけれど、Machinedrum先生曰く、こうしたルーティーンを通じて自分のコンディションを整えてこそ、クリエイティヴィティののびしろが生まれるんだから、損はしないって。

休憩(Break Time)

 Machinedrum先生は休憩の重要さも説く。あんまり作業にかかりっきりになるとトラックに自分が飽きてしまうし、結果としてあれこれこねくりまわして「なんだかやりすぎ」なトラックになってしまうことが多い。だから、ちょっとした休憩――数分外に出てみるとか――をまずとる。その目安に先生が使っているのが、さっきさりげなく言及した砂時計だ。原文ではこの砂時計、“Hourglass”、つまり一時間単位で時間を測る砂時計だ。別にコンピューターやスマホでタイマーを使えばいい話なのだけど、「時間を示す砂が落ちていくのを眺める感覚は、僕の制作プロセスに勢いを与えてくれる」のだという。あなたのスタジオにもどうですか、でっかい砂時計。

 なんか…… 案外悪くない気がする。でっかい砂時計欲しくなってきた。

作り込む(Get Detailed)

 この項はふつうにためになるので時間があれば熟読することをお勧めする。要点だけ書くと、まず全体の構成(たとえば「このフレーズは一番盛り上がるところで出そう」とか、「この展開は後半に使える」とか)を心に描きながら、おおまかなアレンジを決めていくこと。アレンジが十分煮詰まってこそ初めて音作りが始まるといって過言ではない、とMachinedrum先生は力説する(超訳)。

メモをとる。(Take Notes)

 突然だが、デキるクリエイティヴ・パーソンはEvernoteを颯爽と使いこなしている、という偏見が僕にはある。ひとつ実例を見てみよう。

blog.evernote.com

 どうだろう。いかにも説得力があるではないか。さあ、みなさんの心のなかにもEvernoteを颯爽と使いこなすクリエイティヴ・パーソンがひとりやふたり浮かぶのではないか。そしてここにまたひとり、Evernoteを制作に活用する、デキるクリエイティヴ・パーソンの存在が明らかになった。Machinedrum先生その人である。

とりかかっていたトラックから数分とか一時間くらい休憩をとることにしたら、メモをとる時間だ。僕はEvernoteを使うのが好きで、というのも僕の持ってるデバイス全部にメモを同期してくれるからだ。この機能が後で車の中とか散歩中に曲を聴いてるときに役に立つんだよ、どこにいてもメモに追記することができる。

 具体的にどんなメモをとるのかについては、多様な例が上がっている。具体的に「何小節目のハットを足す」とか、「ボーカルでかすぎ」とか、あるいは「ラップトップで聴いたときだけスネアがでかい」など。できるだけ簡潔に、わかりやすく、とのこと。

勉強・練習する(Educate and Practice)

 ここもふつうにいい話なので記事の趣旨としては割愛しても良いのだが、一点、「僕はミックス技術やプラグイン、ソングライティングとかいった、いろいろな主題を扱ったチュートリアル動画を見るのが好きなんだ」という一言に、なんとなく安心した。やっぱちゃんと勉強してんねんなー、と。

 ああいうチュートリアル動画の評価は結構分かれるところがあって、批判的な見方をする人もいる。*2それでもやっぱり、プロであれアマであれ音楽をつくる以上はアウトプットの欲望と同時に「この音、どーやって出してんだ?!」というインプットの驚きとそれに伴う貪欲な知識欲もあってなんぼだよな、とも思う。そこでMachinedrumに「いやおれチュートリアル動画めっちゃ見てるし、楽器の練習もめっちゃ好きだし」と言われると、やっぱ20年選手のプロでもそうなんや、とほっとするのだ。

なんかめっちゃ健康そう

 以上Machinedrum先生の仕事術を裏側から斜め読みしてきたわけだけれど、読み終わった率直な感想は「健全! 健康!」というこのふたつの言葉に尽きる。僕には眩しすぎてしょうがない。特にいつまでも治らない不眠症が邪魔を…… とか言うのはやめておこう。先生の仕事術から湧き出ているポジティヴなヴァイブスをかきけしてはいけない。

 個人的な話をすれば、Machinedrumの音楽は僕にとってどちらかというと《Urban Biology》的な、エレクトロニカシーンの人であり、有名どころではPrefuse 73の《Vocal Studies + Uprock Narratives (WARPCD83)》(2001)なんかと並べて聴かれてるイメージがしばらく強かったので、いつのまにかベース・ミュージックでぶんぶん言わせるようになっていたのにはびっくりした。いまも彼のBoiler RoomでのプレイをBGMに記事を書いているが、縦横無尽にベース・ミュージックをプレイするそのスタイルはアップリフティングでとても楽しい。この変化も、おそらくは持ち前の好奇心と学習意欲のたまものなんだろうな、と彼の“Artist Tips”を読んで思った。それでは最後に、彼のDJプレイをどうぞ。

VAPOR CITY [帯解説・ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC392)

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*1:ご存じの方は多いと思うが、片づけコンサルタントとして知られる「こんまり」こと近藤麻理恵の著作は英訳されて凄まじく高い評価を得ている。要するに彼女のメッセージは「ときめく」「ときめかない」を基準に身の回りのものを整理していこう、というものなのだけれど、この「ときめき」概念も“Spark Joy”として翻訳されて、結構広まっているらしい。別にわざわざ英語版を買おうという人はいないと思うけれど、参考までに。

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing

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*2:たとえば、いったんあるサウンドが流行るととたんにチュートリアル動画が溢れかえって、それを見たトラックメーカーが似たようなサウンドばっかりつくるようになってしまう、とか。実際、「〈任意のアーティスト〉 type beat tutorial」なんてYouTubeで検索をかけてみると、うんざりするほど「誰それっぽいビートメイクのチュートリアル」が出て来る。こうしたイノベーションとイミテーションのダイナミズムの良し悪しについては、以下の記事でFlumeのトレードマークとなったドロップを例に論じられている。興味があれば参照して欲しい。ただなぜか僕の環境だと表示がおかしい。FirefoxChromeなら、画像や動画といったテクスト以外の要素を非表示にする拡張があると思うので、それをかけてみると読めるようになるかもしれない。 thump.vice.com