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デジタル配信はポップ・ミュージックの構造を変えたかって? …まあ、ある程度はそうだろうね。

(6月16日若干改稿)

wired.jp

 ひとは自分がいままさに経験している変化というものを過大に評価する傾向があるように思う。この記事を書いた人もそうしたバイアスにかかっているのではないかと思う。いわく、

インターネットとデジタルテクノロジーは、音楽・レコード産業のビジネスモデルを完全に変えた。MP3やNapstar、iTunesによって、「購入」は「アクセス」へ、「ディスク」は「プレイリスト」へと変わった。ストリーミングが大成功を収めた。そしてフォーマットや聴き方の変化は、ポップ・ミュージックの作曲法をも変化させたのだ。

 たしかに音楽の流通のデジタル化はポップ・ミュージックの構造を変化させたに違いない。しかしそれはポップ・ミュージックがその短い歴史のなかで被った唯一で無二の大きな変革では決してない。この記事の元になった論文は残念ながらオープンアクセスではなく直接原文にあたることはできないが、いわゆる「アテンション・エコノミー」の理論から導き出した5つの評価基準に基いて楽曲構造の変化を辿る試みであるらしい。WIREDの記事から要点をまとめてみよう。

  1. 80年代に比較して現在のヒットソングのイントロは非常に短い。
  2. 曲名が短くなっている。
  3. 曲の核となるリフレインが曲頭から30秒以内に現れる。
  4. ギターソロやキーボードソロといったパートが削られている。
  5. 曲が短くなり、3分30秒をめったに超えない。
  6. ミックスが音圧重視のプアなものになっている。
  7. メロディが単純で覚えやすく、既存の曲に似ていることさえある。

 そして同記事では、次の二曲を例に挙げていかにもこの議論が正当であるかのように締めくくっている。

 なるほど、たしかに80年代と比べるといまの音楽っていうのはなかなか変わっているし、たしかにこの変化には音楽の流通のデジタル化が一枚かんでいるかもしれない。しかし、こう疑問に思わないだろうか。「もしかしてこの執筆者、ビートルズすらロクに聴いたことがないんじゃないか? あるいはオールディーズの名曲を一曲も知らないのでは?」。だって、考えてもみてほしい。ロックンロールやオールディーズの名曲に 30秒以上のイントロ があって、 リフレインがなかなか現れなくて4分以上も長さがあるものがどれだけあるだろうか? 80年代中盤を基点に考えればいかにもいまのポップ・ソングは技術の進展によって大きな変化を被ったかのように見えるかもしれないが、そもそも80年代の楽曲に見られる特徴――イントロの長さ、演奏者のソロ、(比較的)長尺であること――がそもそも技術の進展によって可能になった当時の革新の成果であって、決して中立な「出発点」などではないのだ。いや、もちろんそんなことは記事執筆者も論文の著者も百も承知だろうが、あえてほんのちょっとだけでも検証してみる価値はあるのではなかろうか。

 そういうわけで、ちょっとイージーで卑怯な手かもしれないが*1、思い切って時代を絞って1950年代後半~60年代前半の楽曲を対象とすることにして、映画《アメリカン・グラフィティ》(1973年)のサウンドトラック、《41 Original Hits from the Soundtrack of American Graffiti》(1973年)を参照してみよう。収録されている楽曲はおおよそ1960年前後のいわゆるオールディーズであるとかロックンロールであって、おおよそブリティッシュ・インヴェイジョン以前の「古き良きアメリカ」のヒットチャートのあるアイコンであると言っていいだろう。

アメリカン・グラフィティ オリジナル・サウンドトラック

アメリカン・グラフィティ オリジナル・サウンドトラック

 サウンドトラックという事情もあってこの収録時間が原曲と厳密に一致するかは微妙、なかにはウルフマン・ジャックトークがかぶさっているものもあるからちょっとしたお遊び程度のデータと思って貰って構わないが、論文で収集されたものとだいたい同じデータをこのサントラから抽出してみた。また、Apple MusicなりSpotifyなり奥の手にYouTubeなりで実際に聴いて計測したデータもある。

docs.google.com

 さて、順繰りに前掲の7項目についてこのデータをみていってみよう。まず、1960年前後のポップ・ソングのイントロは平均で6.9秒、楽曲の4.8%を占める程度 だと言える。また、イントロがなく いきなりヴォーカルから始まる曲は41曲中9曲 あって、少し範囲を広げて 5秒以下のものは24曲と半数を超える。逆に10秒を超えるものは少なく、半数以下の10曲を数えるばかり。突出したものでは27秒のイントロを持つものが2曲、30秒のイントロを持つものが1曲みられる。少なくとも、いまだけが極端ってわけでもなさそうだな。

 次、曲タイトルのワード数。平均値を出してみると3.37。1語だけの曲もある(Del Shannon“Runaway”)。うーん、さすがにこれだけのサンプル数だとなんにも言えない。けど、グラフにしてみると2~4語のタイトルが大半といってよいような…。これもいまが極端に短い曲名ばかりとは言えなさそう。(以下、グラフの横軸は曲名のワード数、縦軸は楽曲数)

 訂正(6月16日) 元論文の参考文献をざっと見てみたところ、以下の記事によると、1960年代から2010年代にかけての「いち単語のみからなる楽曲タイトル」の割合は8.8%から23.2%まで大きく上昇しているそうだ。平均値も、1960年代には3.76だったものが2010年代には2.72まで減じている。

priceonomics.com

 したがって同記事・論文の分析はきわめて正当なものだ。訂正終わり。

 さて、3つ目なのだが、 曲の核となるリフレインを指す意味が時代やジャンルに従って変化するために、この項目については元論文がどのような意味でこの言葉を用いているのかを確かめないとなんとも言うことができない。たとえばロックンロール以前に席巻していたティン・パン・アレイ形式と呼ばれるAABA形式においては、核となるキャッチーなメロディラインはA部におかれて反復され、B部はそれらを引き立てる役割になる。

一方、ロックンロール以降によくみられるヴァース・コーラス形式と呼ばれるABAB形式においてはヴァースと呼ばれるA部と、キャッチーなリフレインを含むコーラスと呼ばれるB部を交代するかたちで楽曲が進行する。

このときAABA形式とABAB形式では中心となるメロディがおかれる場所が違っていて、強いて言えばAABAではAがいわゆる「サビ」のように聞こえるし、ABAB形式ではいわずもがなBが「サビ」に聞こえる。元論文を詳しく読んでみたいところだ。*2

 4つ目。ギターやキーボードのソロがないという話。どっこいオールディーズでは半数以上、サンプル41曲中23曲、56.1%にソロに相当する部分が入っている。そう考えると曲は短いのにソロが入ってお得な感じがしないでもない。ただこのへんの話はポップチャートを90年代にヒップホップ・R&Bが侵食し、近年ではEDMが侵食しもしたことが明らかに影響しているのではないかという気がする(参考過去記事:『最近のポップスはサビでいかに何もしないかですよね』(©狭間美帆)、あるいはEDMに侵食されるポップスについて - ただの風邪。)。要するに、ギターなりキーボードなりのプレイヤーのプレゼンスが低下して、非ミュージシャンによるポップ・ミュージックが大手を振ってヒットチャートを歩き回るようになっている、ということ。元の論文でこのあたりの事情がどのように論じられているかはわからないが、むしろここはそうしたジャンル的制約・技術的制約が大きいのではないか?

 5つ目。すくなくともこのコンピレーションの収録曲を見渡す限り、オールディーズとかロックンロールの 曲長は平均して2分22秒。最も短いのはThe Fleetwoodsの“He’s The Great Imposter”の1分33秒になっているが、Wikipediaによるとオリジナル盤では2分11秒だとあるため、単に編集されているだけだろう。それを除けば、最も短いのはThe Cleftonesで“Heart And Soul”で、1分49秒。同じくらいの長さ、つまりぎりぎり2分に満たないくらいの曲は他にも4曲ある。最も長い曲でもThe Flamingos“I Only Have Eyes For You”で3分9秒しかない。この長さの根拠はあんまりわからなくて(別に調べてないからだが)、45回転の7インチ盤は技術的には5分~8分程度は収録できるようだが、*3まあだいたい自分が知っているオールディーズの名曲というとだいたい2分半から3分くらい、なのは体感的にもたしかだ。というわけで、 「デジタル配信のせいでポップ・ソングが短く!」というのはあまり真に受けないほうがよい。 間違ってはいないかもしれないが、話が雑すぎるからだ。僕はむしろ、シングル主体の消費からアルバム単位の消費を経、そしてMTV的消費に至ってリスナーが許容できる「ポップ」の長さがどんどん拡張されたものの、デジタル配信の普及で再びシングル主体の消費に回帰した結果、曲の長さが元に戻ったのだといまのところ考えている。(ここから「ストリーミング配信の普及に伴う「アルバム」の復権」という話題にもジャンプできる気がするが、やめておく。)

 6つ目と7つ目についてはどういった分析を行ったのか元論文にあたらないとなんともいえないのだが、「音圧戦争」はCD時代からすでに始まっている話であってデジタル配信が特にそこに関係するとは思わない。また、メロディの単純化についても既存の研究でおおよそ50年スパンの分析をもとに和声や旋律のヴァリエーションが減じてきていることが示されている(以上2点についてよくまとまった記事があったので以下にはっておく(英文))。この点は正しいかと思われるけれど、それをストリーミングの普及と結びつけるWIREDの記事の書き方は拙速だと言わざるを得ない。

www.reuters.com

 というわけで、ささやかながら反証を試みてみたが、どうだったろうか。お前の議論のほうが荒くて使い物になんないよ、というツッコミは甘んじてお受けいたします。

うたのしくみ

うたのしくみ

 「うた」の形式にまつわるあれこれについてはこれがとても易しく、実例も豊富なのでとてもおすすめです。以前の書評はこちら

*1:なにしろ論文の原著者は30年スパンでデータとってるのにこっちはたかだか5年程度のスパンで済まそうというのだからなかなかいい根性である。

*2:以上この3つめの項目は全体的に6月16日に大幅に整理・訂正した。具体的にどこをどういじったというのが難しいので、ここで説明するにとどめる。

*3:参考:レコードのサイズによって収録できる尺(長さ)は違いますか? – QRATES
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