ただの風邪。

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Vaporwaveは誰のものか、と思ってしまった――Grafton Tanner, "Babbling Corpse: Vaporwave And The Commodification Of Ghosts," Zero Books, 2016.

Babbling Corpse: Vaporwave And The Commodification Of Ghosts

Babbling Corpse: Vaporwave And The Commodification Of Ghosts

 おそらくはVaporwaveを主題に書かれた数少ない本の一冊*1で、Kindleを通じても販売しており入手しやすい。内容はポスト9.11以降という視座からのポップカルチャー分析にVaporwaveという題材を取り上げている感じで、思弁的実在論とかOOO(Object-Oriented Ontology、オブジェクト指向存在論)について言及していたり、その流れでホラーの哲学についても紙幅を割いて(なんならVaporwaveをその文脈から)論じて見せている。

 話自体はまあまあ面白く、「ポストモダンの文化は政治的か否か」という問いをフレドリック・ジェイムソンパスティーシュの理論とリンダ・ハッチオンのパロディの理論の対比から立てて、いやパスティーシュとかパロディとかじゃなくてホーンテッド(Haunted)なアートというのがポスト9.11の世界で最もクリティカルなんだよね、とデリダの幽霊(亡霊、といったほうがいいのか?)論をひきあいに出して論じている第三章のあたりなど、ちょっと読ませるところがある。しかし、《キャビン》(2012年)とかAdult Swimの《Too Many Cooks》(2014年)といったメタ・ホラーなブラック・コメディとVaporwaveを「インターネット以後の世界っぽい」という話で同じようなくくりに入れるのはちょっとよくわからない。時間のたがが外れてしまったようなVaporwaveのある種の不気味さを《シャイニング》のジャック・ニコルソンの存在感と重ね合わせていたあたりとかはまだ納得できたけど。*2

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 まあ、そういった最近流行りの思想の潮流にVaporwaveが乗ってますよという話以上に、音楽自体にせよ音楽ジャーナリズムにせよ、インターネットによって過去の商品化、コモディティ化という現象に呑み込まれてしまっている、というのが著者のもっとも大きな問題意識だ。それに対する抵抗としてVaporwaveがある、という大筋の結論自体は月並みではあれまあ妥当ではあると思う。それはVaporwaveの徹底的な非作家主義DIY精神によくあらわれている。しかしVaporwaveが他方で過去の商品化に本当に抵抗できているか、そういう政治性ばかりに着目したら見落としてしまうものがあるんでないか、という気もする。それは以前に猫シCorpのレヴューでも書いたことなのだが、Vaporwaveのカセットテープ・シーンの隆盛を見てもかなりきわどいところがある。もちろんBandcamp上を通じた少部数のカセットテープによる流通をDIY精神のひとつのあらわれとして見ることもできるが、他方でカセットテープ自体が過去の商品化という大きな潮流のひとつのあらわれであるわけで、そのあたりの倒錯まで含めないとVaporwaveの面白さは薄れてしまうのではないか。

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 加えて言うと、ポスト9.11のカルチャーというVaporwaveの前提自体をちょっと疑うべきというか、それはあくまでアメリカを中心とした受容なんだということをどこかで相対化しておかないといけない。もちろんVaporwaveが欧米を中心とした文化圏で生まれ、受容されていることは認めざるを得ないのだが、たとえば猫シCorpだってオランダ人なわけで…… とりわけ日本のシティ・ポップに対する偏愛を隠さないFuture Funkシーンであるとか、《ブレードランナー》的なサイバーパンク風味のアジア趣味であるとか、もっとVaporwaveのコンテクストは重層的だと思うのよね。アメリカ人がアメリカ人の問題意識でアメリカ産のVaporwaveを聴くとこういう解釈になる、という話だ、ということは割と声を大にして言っておきたい。

*1:Google Booksによるともう一冊類例があり、Ekko Irukaという人物が“Vaporwave: A Dystopian Musical Codex”という本を2015年に出しているが未読。読む気も特にないが…

*2:これは英文を適当に読んでるせいかな…… あと読後の今にして思えばショッピングモール+ホラーでゾンビの話題にならなかったのは不思議。当たり前すぎて避けたのかな。