ただの風邪。

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“MP3は人間をネガティヴな感情にする”のか、あるいは炭酸飲料は歯を溶かすのか

fnmnl.tv

 ひどい記事を見た。

MP3圧縮は中立の、もしくはネガティブな特質の感情を強め、逆にポジティブな感情を弱めることがAudio Engineering Libraryによって行われた新しい研究でわかった。
ハイレゾ音源はただ単に綺麗に聞こえる音ではなく、人間の感情や幸福にとってもいい影響になりうると、その研究は主張する。

 一読しただけで「はぁ?」と思ってしまうが、元ネタの記事を読むと若干調子が違う。

MP3 compression strengthens neutral and negative emotional characteristics in instrument sounds, and weakens positive ones, according to a study.
Hi-res audio not only sounds great, it could be better for your emotional wellbeing too. (強調原文ママ
MP3s make you less happy, study says | What Hi-Fi?

 そもそも元記事の強調部(リード文の役割を担っている)で言及されているのは「楽器の出す音が持つ情緒的な特性(emotional characteristics in instrument sounds)」であって、聴いている人間の感情についてはなにも言っていない。なぜか「ハイレゾ音源はただ単に綺麗に聞こえる音ではなく、人間の感情や幸福にとってもいい影響になりうると、その研究は主張する」とFNMNLでは紹介されているが、原文を見れば分かる通り、この部分は研究の紹介ではなく「本文のちょっと気の利いた書き出し」だ。実際、原著論文ではMP3を聴いた人間がどのような情緒的影響を受けるかなどという話は一切していない。強いていえば、MP3のような圧縮コーデックを評価する尺度として、こうした「情緒的特性」を使うことができるかもしれない、という提言がある程度だ。

 響きそのものが悲しそうに聞こえたり、楽しそうに聞こえたり、あるいは勇壮に聞こえる、ということはよくある。紹介されている研究が調査しようとしたのは、その響きのキャラクターについてだ。辞書から抽出した10の感情を表現する語彙それぞれに楽器音を割り当てたうえで、圧縮率の違う2つの音源を被験者に聴かせる。そのうちどちらが提示された言葉により当てはまるかを、被験者は選ぶことになる。認知科学とか心理学でよくあるテストだ(大学時代、友人がよくそれに参加して図書カードを稼いでいた)。つまり「これを聴いてあなたはどういう気分になりましたか?」ではなく、「どちらがより「幸せ」そうな響きに聞こえますか?」ということが調べられたにすぎない。それでも、圧縮された音源においては響きの持つ情緒的な特性が一律に失われるのではなく、弱められたり強化されたりするという事実は、それはそれで興味深いのだが。(MP3をはじめとしたデジタルオーディオについては一回長めの文章をブログに載せたことがある→デジタルオーディオとその幽霊たちについて――アルヴァン・ルチエからYouTubeまで - ただの風邪。 just a cold.

 これを「MP3を聴くとネガティヴな感情が増す」などという見当違いな見出しで紹介するのは、はっきり言って「炭酸飲料を飲むと歯が溶ける」といった迷信を真に受けるのと大した違いはない。というか、論文まであたれとは言わない(ほんとは言いたい、だってオープンアクセスだもん!)けれど、元記事をちゃんと理解するくらいはしてほしい。どこまでが元論文の主張でどこからがライターの盛った部分かもわからないで適当な記事書くのはどうかと思う。

 先日書いたGIGAZINEに関する記事(有名ウェブマガジンにどうでもいいつっこみをする、あるいは雑な翻訳記事への憤り - ただの風邪。 just a cold.)ともあわせて、今後とも、海外のブログで紹介されていたちょっとしたおもしろ記事を雑に訳してことたれり、とするウェブメディアの傾向には嫌味を言っていきたいと思います。