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OK GOの新作ビデオ“The One Moment”が毎度のことながら名作、そして愚痴

 11月24日、OK GOの最新ミュージックビデオ“The One Moment”が公開された。いつもいつも新しいことにチャレンジしては世界中を驚かせている彼らが選んだのは超高速度撮影と爆破、爆破、爆破! たった4.2秒間の混沌としたビデオクリップが4分間のスペクタクルに変わる様は、何度見ても驚きにあふれている。というか、超高速度撮影を使ったミュージックビデオでリップシンクするなんて正直正気の沙汰とは思えない。演奏にあわせて画面じゅういっぱいに広がる色彩と火薬の煙も、どれほど緻密に計算されているのかと恐ろしくさえなる。ドローンや新型のヴィークルを使った“I Won't Let You Down”や、無重力状態での撮影に挑んだ“Upside Down & Inside Out”に比べれば、使われているテクノロジーは通常のプロダクションでもありふれたものに見える。けれども、カメラや火薬、そして演者であるメンバーたちの一挙一動までをもミリ秒単位でコントロールするには並大抵でない技術と準備が要求されるだろう。

 DIY感溢れるユニークなビデオでヴァイラル・ヒットを飛ばし一躍有名になったOK GOは、YouTube以降の時代を代表するスターだ。「せっかくつくったミュージックビデオをYouTube上で自由に公開させてもらえない」というフラストレーションをきっかけに自主レーベルを設立し、メジャーレーベルから独立したのは2010年。もう世界はYouTubeなしでは回らなくなっていた時代に突入していたとはいえ、「ミュージックビデオを自由につくりたいから独立?!」とびっくりしたものだ。制作資金はスポンサーを募って確保するというスタンスも、果たして功を奏するかどうか、ちょっと半信半疑だった。けれども蓋を開けてみると、彼らは新作を公開する度にSNSや各種メディアの話題をかっさらい続けてきた。今回も期待を外すことのない驚きに満ちたビデオだったことは上に述べたとおりだ。

 メイキング映像を見てみると、自らディレクターを務めるヴォーカルのダミアン・クーラッシュをはじめ、メンバー一同、そしてスタッフが一丸となって制作に精力を注いでいる姿が印象的だ。今回のビデオのスポンサーであるモートン・ソルト社が手がけるキャンペーンに関係して、各種慈善団体の関係者も登場している。それでも、お金のために企業にスポンサーとしてついてもらいました、というような言い訳がましさはなく、むしろクライアントと一緒にビデオをつくることを楽しんでいるようなフシさえある。大企業にスポンサーになってもらって制作しているなんて、ある意味「DIY」とは逆のやり方みたいに聞こえるかもしれない。けれど、自分たちだけでは決してつくれないようなスケールの作品も、適切なパートナーさえ見つければ実現することができるんだ、という確信が彼らを突き動かしているようで、それはそれでとても健全なことだ。裏庭で変なダンスをしたりランニングマシーンのうえで踊ったりしているだけでは満足できなくなった彼らが、頭の硬いレーベルのコントロールから逃れるために必然的に選んだ道だったんだなと思う。

 以下は、OK Goの拡張されたDIY精神に清々しさを覚えたあとでふと思った、ちょっとした愚痴だ。

 今年話題をさらったリリースといえばKanye WestのThe Life of Pabloであり、Frank OceanのBlondだったと思うけれど、僕がこのどちらについても気に入らないところは、ゴシップまがいのスキャンダラスなビデオだの、SNSでのバズを狙ったポップアップショップの設置だの、くだらないメディア戦略にうきうきとのっかっている人が山ほどいたことだ。音楽的に言えばTLOPはWestのパラノイアックな懊悩がこれでもかと繰り広げられる迷盤であり、Blondは言わずもがな文句なしに先鋭的な名盤だとは思うのだけれど。あまつさえ、人を翻弄するだけしてバズを加熱させる意地汚い話題作りの手法を「したたか」だとか「ネット世代らしい戦略」とか評価する人間まで現れているのにはうんざりさせられた。現代美術かぶれのラッパーがつくるだっせぇビデオに馬鹿みたいに感心してんじゃないよ。ZINEだなんてしょうもないおためごかしはやめて販促グッズと正しく呼んでやったらどうなのよ。

 これならまだ、OK Goのスタンスのほうが共感できる。最近は、音楽そのものと同じくらい、どのようにその人がリスナーに対して振る舞うか、どういうアティチュードを持って音楽を発信しているのか、ということまで含めて評価しないと駄目なんじゃないか、ともやもやと考えている。