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『最近のポップスはサビでいかに何もしないかですよね』(©狭間美帆)、あるいはEDMに侵食されるポップスについて

 標題にかかげた発言は、菊地成孔の運営するブロマガ『ビュロー菊地チャンネル』や、あるいは先日(10月28日)のTBSラジオ『粋な夜電波』で菊地がジャズ・ミュージシャンの狭間美帆による言葉として紹介したものだ。狭間本人もゲストとして登場したその回の『夜電波』では、これはある種由々しき事態であると、作曲家や編曲家が食いっぱぐれる! と冗談めかして語られていたけれど、まあ言ってみればこれもポップスの構造にまた新たなヴァリアントが加わったに過ぎないとも言える。だってロックンロールとかヒップホップだってそうだったじゃんね。しかしその驚きと危惧にはちょっと共感する。こんなのが流行るんだから世の中わかんねぇよな~ 最高だけどよ~。そこで、こうしたジャンルの熱心なリスナーとは言い難いながらも、ちょっとその状況についてまとめて、考察してみたい。

「サビで何もしない」ポップス

 この「サビで何もしない」ポップスの具体例としては、昨年のヒットにはなるが、たとえばJack Ü feat. Justin Bieberの"Where Are Ü Now?”などを挙げておいてよいだろう。この曲でリスナーが一番アガるのは、ジャスティン・ビーバーの歌うAメロがドラムのフィルインなどと共に高揚感を高めきった後にぶち込まれる重低音とシンプルなリフであり、事実上のサビはまさにこの部分だと言える。これを念頭においたうえで最新のBillboards HOT 100を上から順番に聴いていけば、狭間美帆と菊地成孔のこの指摘がいかに的を射ているかがわかる。(ついでに言うと、HOT 100におけるロックの存在感の無さには愕然とさせられること受け合いである。イエモンとかハイスタがオリコンのまあまあ上位に入る日本って、まだまだロックが強い方なんだな―と思う。)

 で、この「サビで何もしない」という新しいポップスの構造はなにに由来するかというと、ここ10年ほどで音楽界を代表するドル箱コンテンツとなり、かつここ数年は何度となく「死んだ」「終わった」「破産した」と嘯かれている、 エレクトリック・ダンス・ミュージック、すなわちEDM であると思う。よく「EDMは複数のジャンルを漠然とくくった便宜的な呼び名で、はっきりとした様式があるわけではない」と言われるけれども、少なくともEDMの流行がつくりだした新たな「キメ」の様式はある。いわゆる ドロップ というものだ。

 ダブステップ、トランス、テクノ、ディープハウスなどなど、EDMの源流となったジャンルは数あれども、このドロップはある種そのどれからも異質な要素だ。大抵の場合、これはダンスミュージックに限ったことではないが、ある曲の中で一番盛り上がるのは一番派手な部分だ。しかしドロップはむしろその逆で、前掲のJack Üの楽曲からもわかる通り、派手なリードシンセやスネアロールの後にかまされる、音数の絞られた、シンプルかつ力強いビートをこそリスナーは渇望するのだ。もう一曲わかりやすい例を挙げておくと、2013年のMartin Garrixによるヒット、“Animals”がそうだ。

 派手なシンセと「Motherfuckin' Animals!」というシャウトがひとしきりリスナーを煽ったと思うと、ほぼキックドラムとアタックの強いパーカッシヴなメロディ(というのも躊躇われるような単純なフレーズ)だけのパートに入る。これを 「ビートをドロップする」 というふうに表現する。

 最初にEDMが流行り始めたとき、なにより驚いたのはこのドロップだった。ひところ、ミニマルテクノがクラブシーンを席巻していた時代、「一晩中ほとんど同じビートがなり続けて、たまにキックが抜けたりフレーズが一瞬足されたりするだけでフロアが狂乱の渦と化す」といった事態を揶揄するひともいたものだが、ドロップはもっとすごい。ミニマルは反復状態が生み出すトランス状態と、同じビートを聞き続けることによって生まれる幻聴とによって高揚感を生み出すもので、その構造自体はファンクやヒップホップ、ハウス・ミュージックなどなどを先鋭化したものとしてまだ理解できる。けれど、ドロップは「一度盛り上げておいて、落とす」ことによって高揚感を得る。それが「期待を裏切られる肩透かしの悦び」ではないというのが大事だ。そういうスノッブな快楽ではないんですよ。しばしばEDMのフェスを見ればわかることだけれど、多くのDJはわざわざドロップ前にマイクを掴んでカウントダウンを入れる。明らかに、「単純化し、強度は倍増する代わりに地味になる」というドロップそのものが、リスナーの心を鷲掴みにしているのだ。

「ドロップ」がいかに異質か、ちょっと比べてみる

 単にこれがクラブミュージックの一ジャンルに収まっていたならば、「変な盛り上がり方するジャンルあるよね~」ですむ話だけれど、これが世界中のヒットチャートを賑わしているのだから奇妙なことだ。EDMの構造がポップスを侵食してしまっているのだ。これまでも年に1曲やそこらはクラブミュージック発のヒットチューンというのはあったのだけれど、それはあくまでクラブミュージックの音色や構造を借りたポップスだった。たとえば1999年の、Cher “Believe”はオートチューンによる「けろけろ声」を流行らせるきっかけになった一曲だが、Aメロがあり、Bメロがあり、サビがある、というよくあるポップソングの構造は守っている。

 あるいは、もっとクラブミュージック然とした佇まいをしていたとしても、歌モノのハウスをよりポップにパッケージングしたような感じのものが多く、ポップミュージックとしてそこまで異質なものには聴こえない。次に挙げるのは2000年のヒット、Madison Avenue “Don't Call Me Baby”だ。Cherの楽曲よりもトラックは渋めで、硬めのキックの質感と跳ねるようなベースラインがもうちょっとクラブ感を出している。

 もっと遡って1989年、Inner Cityの“Good Life”などは、テクノ・クラシックでありつつもビルボードのHOT 100入りを果たしたヒットソングだ。

 完全にインストのクラブミュージックがヒットチャートにのぼることも多々あるので、あくまで「ボーカルを含んだポップソング」の文脈に置けるような楽曲を選んではいる。が、なんというか牧歌的なものである。ダンスチャートからたまにヒットチャートに出張してきて賑やかして、まあたまにはクラブ来てよ、と帰っていくみたいな感じだ。

 翻って、この記事を書いている2016年10月29日、Billboards HOT 100で1位に輝いている楽曲を聴いてみよう。The Chainsmokers ft. Halseyで“Closer”だ。

 いわゆるEDMよりもレイドバックした、一昨年くらいから流行っているゆるめのEDMだ(トロピカルハウスという言葉が流通しているけれどももっといいのないんすか?)。しかしここでも楽曲の中心をなしているのは歌い上げるサビではなくて、簡素なビートの上にのった単音のシンセリフの方だ。サビと呼べるヴォーカルは、メインの展開を構成する4小節のループパターンの最後の1小節に、リフと同じメロディで添えられたワンフレーズだけだ。まさに「なにもしないサビ」! ぼくたちはもうすでにこうしたポップスに耳慣れてしまっているだろうけれども、こうして並べてみるとなんと奇妙な進化をしたものだろうか。(もちろんここには最近のフローが単純化し、BPMが極端に遅くなったトラップ系のヒップホップからの影響もあるんだろうけれど、ぼくはヒップホップにそこまで詳しくないので、言い訳だけしておく。)

 とはいえ、昨年から今年にかけてのもうひとつの流行として挙げられる、ダンスホール・レゲエ的なリズムを取り入れた楽曲はこうしたドロップの美学とはまた別の構造を持っていて、それはそれで興味深い。あいかわらずサビにおけるボーカルの存在感は薄いものの、単にアゲるのでもなければチルするのでもなく、ドラマチックに盛り上げるわけでもない、絶妙な平熱感がある。たとえば“Lean On”で一発かましたMajor LazerとMØにJustin Bieberまで加えて、案の定きちんとヒットしている“Cold Water”。

日本のEDM系ポップス雑感(ごくごく一部です)

 日本ではEXILEが海外のEDMのプロデューサーと積極的にコラボレーションしているけれど、ドロップの美学とサビで歌い上げるヴォーカル・パフォーマンスが若干ちぐはぐな印象があり、せっかくダンサーを擁する総合パフォーマンス集団なのになぜサビを捨てることができないのか? と疑問になる。サビでシンガーが一歩下がってダンサーががんがん踊ったらめっちゃかっこいいんじゃないか。ただし、最初は自分が勝手に抵抗を感じていただけかもしれなくて、最近の曲はふつーにかっけーと思います。

 EXILEなんかを聴いて、EDM的なサウンドとヴォーカルパフォーマンスをどう両立させるんだろう、特にドロップの美学をどう消化するんだろう? というふうに考えたときに、やっぱり凄いなと思うのは映画の主題歌にもなっていたPerfumeの“Flash”じゃないかなと思う。Aメロからサビに至るまでの盛り上げ方は完全にEDMのそれで、サビに入ったあともヴォーカルをフィーチャーしつつドロップ的な高揚感を失ってない。今更言うことじゃないですけど、中田ヤスタカってすごい… しゅごいぃ… ってなりますね。こちらからは以上です