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ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

The Avalanches "Wildflower", 2016について

Wildflower

Wildflower

まさか本当に新譜が発売されることになるとは思えなかったし、そしてその新譜がこれほどまでに素晴らしいとは予想もしていなかった。The AvalanchesのWildflowerのことだ。数年おきに断片的に伝わってくる活動状況、「年内には」「来年中には」リリースする、という結局は出所もあいまいな情報。このまま伝説になって消えていくのかと思ってたよ。しかし手元にはこの一枚がたしかにあるのよ!

すでに公開されていたFrankie SinatraSubways、Colours、If I Was a Folk Starといった楽曲から既に「あのThe Avalanchesが、あのときのみずみずしさを失わずに、どうやら帰ってくるようだ」という確信は抱いていた。期待は外さないだろうことはわかっていたのだけれど、しかしながら、ぼくはアルバムを聴いてすぐ、涙を流してしまった。レトリックじゃないよ。本当に。そこから一時間、ヘッドホンを外すことも、デスクの前から動くこともできずに、ウェブ上で歌詞を追いながら、一心不乱にアルバムを聴き通してしまった。

そこには多分にアラサーのノスタルジーが含まれていただろうし、正直こっ恥ずかしいことを書いていることは自覚している。けれども、こんなにも音楽への愛と、音楽を聴きながら過ごすこの世界に対する愛が伝わってくるアルバムって他にないんじゃないか、そんなことを、心の底から思ったのだ。

今回のアルバムで目を引くのは、多彩なフィーチャー・ヴォーカルだ。Danny Brown、Toro Y Moi、MF DOOM、Jonathan Donahue、Biz Markie等々。緻密なサンプリングで構成される純粋な音楽の世界がSince I Left Youだったとすれば、Wildflowerはそこにさまざまな声があふれかえっているようだ。あるいはこう言ってもいい。レコードを隅から隅まで、針を落とすノイズから最後の無音までを味わい尽くすレコード愛好家のユートピアがSince I Left Youであり、対してWildflowerは、ふと鼻歌を口ずさみはじめると、いつしか興が乗って歌いあげてしまうような、無垢な音楽の愉しみにリスナーを誘う。16年後のThe Avalanchesは、歌うことの快楽に目覚めたのだ。

それはむしろ、お家芸のサンプル・ヴォーカルのほうでこそ、はっきりと感じられるかもしれない。Because I'm Meで、ちょっと微笑ましい恋心を拙い歌声に託す少年の声。Subwaysで、街を歩く人々の姿を弾むように描写する少女の声。

ピッチもタイムもいくらでも補正できるっていうのに、彼らの声はどうも調子っぱずれで、かろうじてグルーヴにのっているとしか言いようがない。でもだからこそ、日々の暮らしの中で夢中になって音楽を聴くこと、そして音楽に合わせて、思わず歌ってしまうこと、そのプリミティヴな悦びが立ち上がってくる。実際、メンバーのロビー・チェイターは、Because I'm Meについてこんなことを言っている。

この曲の始まり方が好きなんだよ。というのも、このちっちゃい子供が、ヘッドフォンをかけて、ウォークマンを聴きながら、いちばん高い声でこの曲を歌いながら、道を歩いている姿を想像しちゃうからね。この子は自分が生きてることをとっても幸せに感じていて、他の誰がどんなことを考えているかなんて一切気にしてない、ただとにかく素晴らしい一日を過ごしてるわけ。

実際、ぼくが涙を流したのは、この歌声を聴いた瞬間だった。あとは次の曲がはじまる度に涙を拭って、そのまた次の曲が終わる頃には再び涙がぼろぼろ溢れていた。

もちろん、ほかの曲たちのなかで重要なモチーフとなっている酩酊/トリップ感覚も忘れてはいけないだろう。けれども、Frankie Sinatraの呑んだくれリリックも、アルバム最終曲のSaturday Night Inside Outのサイケデリックな情景も、その背後には音楽に溢れる日常が横たわっているのだ。その証拠というか、けだるいトリップ明けを思わせるSaturday Night~の一曲前に配されたStepkidsで描かれるのは、ビールで酔っ払いながら悪友たちとつるむ、まるで青春映画のようにほろ苦く美しい夜の一幕だ。

私たちが制作を続けられたのは、生命力としての――生きるエネルギーとしての――日常的な音楽の経験にたいする信頼のおかげです。音楽はあなたの一日のトーンを変えてしまう。空気の中でさまざまに屈折する太陽の光も、この世界の姿を変え、色合いやフィーリングを変えてしまう。そして、音の波というものも、こんなにも美しいものになりうる。これは、魔法です。

このアルバムを聴くと、The Avalanchesが16年ぶりのリリースにあたって発表した上記のコメントが、そのまま音にあらわれていることが実感できる。NO MUSIC, NO LIFEなんて広告のコピーを本気で言おうものなら、今の世の中、そのナイーヴさを鼻で笑われ、あしらわれて終わるだけだ。けれども、Wildflowerに収録された楽曲を前にすると、このメッセージは、圧倒的な説得力を持って自分のなかから湧き上がってくる。

付記:音楽への信頼を同じように高らかに歌い上げるアーティストとしてほかにぼくがどうしても連想するのが、tofubeatsだ。ぼくは、「君は知ってるかい、踊らな死ぬことを」と告げる水星、そして「空気が揺れると楽しくなるし、勇気も出るなんて不思議」なんて、ほとんどThe Avalanchesと共鳴するかのようなDon't Stop the Musicを聴くとき、音楽への渇望と信頼そのものがこれほど力強いメッセージになることを深く実感するのだ。

水星

水星

Don't Stop The Music

Don't Stop The Music