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ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

Mitski / Your Best American Girl (from "Puberty 2", 2016)について

Mitski(ミツキ)という女性アーティストを知った。日米ハーフの1990年生まれ。ニューヨークで活動している。Your Best American Girlという曲をTwitterで友人がシェアしていたのを聴いて、ちょっと懐かしささえあるインディー・ロック的な繊細かつダイナミックな響きと、魅力的な声に惹かれて、すっかり気に入ってしまった。けっこうキャリアはあって2012年にはファーストアルバムを自主制作でリリースしていたらしい。

それにしても、昨晩からYour Best American Girlのリピートが止まらない。アルバムも買った。

素朴な弾き語りふうのイントロから、きわめてオーソドックスに、ゆっくりと展開していき、いっときのグランジを彷彿とさせるような轟音ギター(という言い回しも、いまどき大時代だ)が響く、これだけ揃えばあとはなにもいうことがない、というほど王道の楽曲ではある。それをこうも魅力的に聴かせるのは曲そのものの骨太さのおかげだろう。

ちょっとぎょっとするのは、コーラスの歌詞だ。ふつうのアメリカ人の恋人に向けられる、ハーフ・アメリカン、ハーフ・ジャパニーズとしての自分のもどかしさ。最初のヴァースで描写される歌い手とその恋人とのすれ違いがとてもリリカルであるだけに、「あなたのお母さんから見たら、私のお母さんの子育てって受け入れられないでしょうね」というラインは、あまりにもなまなましい。

これは恋人たちの歌であると同時に、家族の――とりわけ母娘の――歌であり、エスニシティアイデンティティの歌であり、究極的には痛みを伴う自己肯定に向かう歌でもあるわけだ。

ただ、あえて強調するならば、前述したように、この主題が活きているのは、まさしく彼女の比喩の巧みさ、それに由来する叙情性があってこそだ。最初のヴァースで彼女は、恋人を夜の闇を知ることがない太陽に例え、自分を、月でも星ですらなく、鳥たちに歌いかける地上の存在に例える。つづくコーラスで、この痛々しいほどの自己卑下の根っこに、自らのエスニシティをめぐるコンプレックスが隠れていることが明かされると、曲全体のダイナミズムはよりいっそう際立つ。

つまり、こういうことだ。彼女の資質を、この曲の素晴らしさを、安易に彼女自身の葛藤の産物と見るのはあまりにもナイーヴであり、むしろその葛藤を彩る比喩の手触りにこそ、彼女の本懐があるように思える。

余談だが、この曲を聴いて思い出すのは、かのWeezerの名曲、El Scorchoだ。

しょぼくれたアメリカ白人の少年がハーフ・ジャパニーズ・ガールに恋するこの曲の構図は、Your Best American Girlのまったく裏返しだ。ただ、Weezerのほうは固有名詞にあふれた等身大の現実から幻想の世界に飛び立つことはない。強いていえば、不器用な男子なりの妄想の世界が立ち現れるくらいだ。だから悪いってんじゃないけど、っていうかWeezerの曲のなかでもいちばん好きな一曲だけどさ、好対照だと思いません?

さて、歌詞が良い良いとばかり書いたので、ついでに拙訳を以下に掲載しておこう。原詞はGenius.comあたりで読めるし、アノテーションも入っているので、ぼくの解釈が多分に入った意訳よりもそちらをお好みの方も多いかもしれない。

できることなら、きみのちいさな恋人でいたい。
そしてきみの指にキスしつづける、永遠に。
でも、わたしのとっても愛しい人、きみは凄く忙しいんだね。
わたしの前にはなんにもないよ。
きみは太陽、一度も夜をみたことがない。
でも朝の鳥たちが歌う夜の歌を聞いている。
わたしは月じゃない。星でさえない。
でも夜に起きて鳥たちに歌を歌ってあげているの。
 
わたしのこと待っていなくていいから。もうそっちにいけないの。
 
きみのお母さん、私のお母さんの私の育て方を気に入らないでしょうね。
でも私はお母さんを受け入れる。受け入れると思う。
きみは正真正銘のアメリカらしい男の子だ。
あなたのために一番アメリカらしい女の子になろうとするのを、私はやめられないみたい。
 
あなたなの。
あなたこそ、わたしがずっともとめていたひと。
後悔することになるんだろうけれど。
 
きみのお母さん、私のお母さんの私の育て方を気に入らないでしょうね。
でも私はお母さんを受け入れる。受け入れることにするの。
きみは正真正銘のアメリカらしい男の子だ。
あなたのために一番アメリカらしい女の子になろうとするのを、私はやめられないみたい。
きみのお母さん、私のお母さんの私の育て方を気に入らないでしょうね。
でも私はお母さんを受け入れる。受け入れると思う。