ただの風邪。

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Steely Dan / Peg (from Aja, 1977)について

春が来るとともに鬱が悪化して、2ヶ月ほどブログを完全に放置してしまった。いろいろと書こうと思っているネタはいろいろあるのだけれど、とりあえずリハビリとして、最近聞いているスティーリー・ダンの一曲、Pegの歌詞について書く。


Steely Dan - Peg

1977年、アルバムAjaに収録された曲で、一節がDe La Soulの名曲“Eye Know”のベースラインとフックとしてサンプリングされていることでも知られる(というか、ぼくはそれで知った)。Pegとは女性の名前で、いわゆる「ペギー」とかいうのと同じだ。ヴァースからコーラスに至るまで、ボーカルのドナルド・フェイゲンはずっとこのペッグという女性に語りかけている。どういうことを歌っているんだろう、と思って歌詞検索サイトのGeniusなどで調べてみると、なかなか皮肉というか、思わず微笑みがひきつってしまった。

genius.com

もちろんネット上でも解釈については諸説あるけれども、ぼくはGeniusで指摘されている、コーラスにまぎれる“I don't wanna do it”というつぶやき声(上記の動画3分16秒あたり、左チャンネルをよく聞いてほしい)を根拠として妄想を膨らませ、次のように意訳・超訳してみたい。

――舞台は撮影スタジオ。すこぶる気の進まなさそうなそこそこ若い女の子が、エージェントかなにかに必死に口説かれている。その口説き文句は、こんな感じだ。

verse 1:
 I've seen your picture 画ならもう浮かんでるんだよ
 Your name in lights above it 君の名前が華々しく上に添えられてるんだ
 This is your big debut いやぁ、これはたいしたデビューになるぞ
 It's like a dream come true 夢がかなうってこういうことじゃないか
 And when you smile for the camera
   そんで、カメラに向かって微笑んでくれれば
 I know they're gonna love it
   みんな君の笑顔を気に入ってくれると、僕はふんでる

とにかく、この撮影さえ乗り切れば、君はスターの仲間入りだよ、さあ笑って、と。続く言葉に耳を傾けると、どうやらこの撮影は、ポルノまがいのものであるようだ。

verse 2:
 I like your pin shot ピンナップも上出来だ
 I keep it with your letter 君からの手紙と一緒にとってある
 Done up in blueprint blue 青写真の色合いで君を見ると
 It sure looks good on you ほんとにおあつらえ向きの舞台のようだ
 So won't you smile for the camera
   だからカメラに向かって笑ってくれる?
 I know I'll love you better
   そしたら僕は、もっと君のことが好きになる

Geniusでは、三行目で繰り返されるblueという色が、いわゆるブルー・フィルム(=ポルノ)を連想させる、とある。日本で言えばピンクがお色気を指すのと同じだ。たしかにそうだ。「青」と「女の子」と「カメラ」の三拍子が揃えば、ポルノを示唆するのに充分だろう。

つまり、こんなふうなことだ。この三・四行目を字義通りに読めば、青写真でコピーしたペッグの写真が、その色合いもあいまってなかなかいい味を出していた、というニュアンスになるだろう。けれどもそれはまた、青く染まった、ポルノに出演するペッグの姿もまたお似合いだ、とも言っている。より妄想を膨らませれば、ペッグの描いた夢の青写真はあんなに素敵だったのにね、という皮肉にも聞こえてくる。

とにかく、いうことを聞いてこっちを向いて笑ってほしい。そしたら「僕」はペッグのことを好きになれる。これじゃまるで、エージェントだかディレクターだか知らないが、「僕」の気に入りさえすれば君を有名にできるんだけど、という下心まる出しの厭なフレーズじゃないか。こっちを向いて笑ってくれないかぎり、「僕」は君をほっといちゃうかもね(そしたらどうなるかわかるよね?)、なんて。そこまで邪推しなくても、カメラマンが「いいねえ、いいねえ!」と被写体に連呼するような類のものかもしれないけど。

chorus:
 Peg, it will come back to you ペグ、これは君のためになるからさ
 Peg, it will come back to you ペグ、これは君のためなんだよ
 Then the shutter falls さて、シャッターが降りるよ
 You see it all in 3-D 君にも3Dでぜんぶ見える
 It's your favorite foreign movie 君の好きな外国の映画みたいにさ

コーラスはかなりの意訳になってしまった。ちゃんとワケはある。なにが戻ってくるんだろう? とちょっと解釈に悩むところもあるけれど、ペッグはこの撮影でなにかを失うのかもしれない。自分のプライドとか、ある種のキャリアとか。それを察してエージェントはこういうのだ。大丈夫、それを取り戻すことなんて簡単だよ、この撮影が済めばね。君の好きな外国の映画みたいな景色が、銀幕の上に反射する二次元の世界じゃなくて、ちゃんと三次元で見ることができるんだよ、と。

そして、ポップなリフレインに、かろうじてかき消されずに残った「私、これやりたくない」という言葉は、ペッグの最後の葛藤、あるいはこれからずっと抱え続ける葛藤の現れなのだ。なにかをほのめかすようにくり返されるitは、おそらくはペッグが望む名声、セレブリティとしての生活や社交、というか端的に言って、栄光と破滅が入り混じった、醜悪かつ甘美なハリウッド・バビロンのことなのだろう。

笑顔で近づいてきておいて冷水を浴びせかけるような、倒錯したポップスの愉しみがここにある。まったくハマってしまいそうだ。さいわいにも、ドナルド・フェイゲンのソロも含めたスティーリー・ダンディスコグラフィはそこそこな数がAmazon Prime Musicに登録されていて、心ゆくまで聴きこむことができる。そうそう、冨田ラボの書いたドナルド・フェイゲン本もあわせて読むのも忘れないようにしないとな。

彩(エイジャ)

彩(エイジャ)

ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法

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