ただの風邪。

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そのミュージックビデオ、誰に届けるつもりなの?

 今朝目を覚ますと、くるりの岸田氏がこんなツイートをしていた。

 海外のリスナーに向けてビデオをつくっても、日本のレコードレーベルにいるとYouTube経由での発信ができない。たとえアーティストが望んでも、だそうだ。これを受けて、ゲントウキの田中氏が連ツイを投下。

 ほかにもいろいろと興味深いこと(海外の邦楽好きはどうやって音源を手に入れているのか? とか)が挙げられているけれども、詳しくはモーメントにまとめられているのでそちらを参照されたい。

 しかし、そもそも「日本のミュージックビデオ(以下、基本的にMVとする)が海外で見られない」どころか、「日本のMVがろくすっぽYouTubeにアップロードされていない」じゃないか、ということを言わずにはおれない。海外の人が見れないなんてのんびりした話ではなく、日本国内の人でさえMVを視聴する方法は限られているのだ。「聴きたい曲をYouTubeで検索をかけると『歌ってみた』ばかりがひっかかる」なんて嫌味が聞かれるようになってひさしいけれど、そもそもYouTube上にオリジナルが存在しないんだからしょうがない。

 いや、もっと正確に言えば、そしてこれがまた印象が悪いことに、公開されているにはいるのだが、「ショートバージョン」という2分程度に切り詰められた動画ばかりなのだ。しかもその多くは、ラジオエディットのように曲の体裁を保ちながら短く編集したものでさえなく、単に時間がきたらフェードアウトするだけのものだ。前々からこの「ショートバージョン」というおためごかしにはうんざりしている。単に尻を切ってるだけじゃないか! こんな謎の習慣が根付いているのは日本くらいだろう。海外ではMVの解禁=YouTube上での公開だし、MVの公開から数ヶ月から半年前に特別に制作したリリックビデオを公開するのも当たり前になっている。わざわざ妙な出し惜しみをしているような国は管見の限り他にない。

 言うて、最近は結構フルバージョンが公開されるようにはなってきている。もしかしたら状況は結構改善しているかも、と思ってひとまず2月13日付けのオリコンデイリーシングルランキングトップ10を調べた結果が以下のとおり。○はPVがフル視聴可能、△はショートバージョンのPVが視聴可能、▲はショートバージョンの音源が視聴可能、×は公式音源なし。ファンが違法にアップロードした音源はカウントしていない。

順位 アーティスト名 曲名 発売日 レコード会社 YouTube
1 NMB48 僕以外の誰か 2016年12月28日 laugh out loud records
2 NEWS EMMA 2017年2月8日 ジャニーズ・エンタテイメント ×
3 城ヶ崎美嘉(CV:佳村はるか),神崎蘭子(CV:内田真礼),前川みく(CV:高森奈津美),二宮飛鳥(CV:青木志貴),一ノ瀬志希(CV:藍原ことみ THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER EVERMORE 2017年2月8日 日本コロムビア
4 渡良瀬橋43(大塚みか/Runa☆Rina) STARLIGHT/星を探して/真夏のレモン 2017年2月14日 インディーズ・メーカー △(1,2
5 V.A. THE IDOLM@STER SideM「Beyond The Dream」 2017年2月1日 ランティス
6 グリーンボーイズ 声/道/キセキ 2017年1月24日 エピックレコードジャパン
7 AAA MAGIC 2017年2月8日 エイベックス・トラックス
8 欅坂46 二人セゾン 2016年11月30日 ソニー・ミュージックレコーズ
9 城ヶ崎莉嘉(CV:山本希望),緒方智絵里(CV:大空直美),北条加蓮(CV:渕上舞),川島瑞樹(CV:東山奈央),大槻唯(CV:山下七海 THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS STARLIGHT MASTER 08 BEYOND THE STARLIGHT 2017年2月1日 日本コロムビア
10 星野源 2016年10月5日 ビクターエンタテインメント
11 福田こうへい 母ちゃんの浜唄 2017年2月8日 キングレコード ×
12 UVERworld 一滴の影響 2017年2月1日 ソニー・ミュージックレコーズ
13 関ジャニ∞ なぐりガキBEAT 2017年1月25日 インフィニティレ・レコーズ ×
14 三山ひろし 男の流儀 2017年2月8日 日本クラウン
15 Mr.Children ヒカリノアトリエ 2017年1月11日 トイズファクトリー
16 島村卯月(CV:大橋彩香),渋谷凛(CV:福原綾香),本田未央(CV:原紗友里),赤城みりあ(CV:黒沢ともよ),安部菜々(CV:三宅麻理恵 THE IDOLM@STER CINDERRELLA GIRLS VIEWING REVOLUTION Yes! Party Time!! 2017年1月25日 日本コロムビア
17 天童よしみ 夕月おけさ 2017年1月18日 テイチクエンタテインメント
18 MYTH & ROID JINGO JUNGLE 2017年2月8日 KADOKAWA
19 丘みどり 佐渡の夕笛/雨の木屋町 2016年10月5日 キングレコード
20 10-FEET ヒトリセカイ×ヒトリズム 2017年2月1日 ユニバーサルミュージック ○(1,2
21 竹島 月枕 2017年1月25日 テイチクエンタテインメント
22 沼倉愛美 Climber’s High! 2017年2月8日 FlyingDog
23 欅坂46 サイレントマジョリティ 2016年4月6日 ソニー・ミュージックレコーズ
24 イトヲカシ さいごまで/カナデアイ 2016年4月6日 エイベックス・トラックス
25 TrySail オリジナル。 2017年2月8日 アニプレックス
26 Happiness REWIND 2017年2月8日 rhythm zone
27 乃木坂46 サヨナラの意味 2016年11月9日 ソニー・ミュージックレコーズ
28 三浦大知 EXCITE 2017年2月8日 キューンミュージック
29 FLOW INNOSENSE 2017年1月18日 SONIC GROOVE
30 [Alexandros] SNOW SOUND/今まで君が泣いた分取り戻そう 2017年2月1日 ユニバーサルミュージック

 MVをフル視聴可能なのは30曲中8曲にすぎない。なんなら、トップ5はすべて△/▲/×だ。チャートインしているアイマスの楽曲はすべてPVなしの短縮音源だけれど、プレイするゲームそのものがMVみたいなものだから、存在しなくても当たり前ではある。変わり種が星野源の“恋”で、曲中でCDの特典DVD予告編が挿入される。しかし曲そのものはBGMとして流れているし、なによりわざわざ星野源が顔出ししてくれているので、ファンにとっては単なるフルバージョンよりも嬉しいかもしれない。

 ともあれ、「試聴できるだけいいじゃないか、気に入ったら買えばいいんだし」と言われるかもしれない。それはその通りで、なんでもタダで見られるようにするべきだと言いたいわけでは決してない。のだが、僕が疑問に思うのは、以上のように邦楽シーンに氾濫するおざなりな「ショートバージョン」は、ミュージックビデオというコンテンツをつくる人たちに対して不誠実ではないのか、ということだ。

 考えても見て欲しい。YouTubeにアップロードされるのは尻切れトンボのショートバージョン。地上波でフルバージョンのMVが流されることはほぼない。誰も彼もがCS放送に加入しているわけでもない(あ、最近はAbemaTVがあるか。それはさておき)。となると、ミュージックビデオを法に触れずに視聴しようと思えば、DVDか、DVD付きのCDを買うほかないわけだ。しかし周知の通り、CDの売上は絶望的なまでに下がっている。昔のように数十万、数百万単位で売れることなどそうそうないし、しばしば4桁程度しか売れないこともままある。すると、ショートバージョンという不完全なおためごかしのコンテンツが数万再生されているのに対して、肝心のフルバージョンを正当な手段で視聴できるのはたかだか数千人とか、一万人程度ではないのか? 少なくない予算をかけて、アーティストやディレクターが全霊をかけてつくったコンテンツがたったそれだけの人の目にしか触れないなんて、正直ありえないと思う。

 つまりは、 そのMV、誰に届けるつもりなの? という問いに尽きる。わざわざつくったコンテンツを、CDを売らんがためのおまけみたいな扱いにして、結局目に触れるのはせいぜい数万人。だなんて、ひどい話じゃないか。この曲をフルで聞きたい! と思ってiTunes Storeレコチョクで曲を買う人はたくさんいるだろう。しかし、MVとなると話はちょっと変わってくる。「フルバージョンはYouTubeで見れるので、DVDやCDは買いません」というリスナーが、必ずしも「ショートバージョンしか見れないの?! ならDVDやCDを買います」と言い出すとは限らない。MVを見る、という行為は、単に音楽を聴くよりも動機づけに欠くところがある。テレビで流れたり、YouTubeでさらっと見られる、くらいの敷居の低さがなかったら、わざわざ見ようなんて人は少ないように思う。

 繰り返すけれど、MVはごく小数の熱心なファンが見るだけのおまけコンテンツでいいのだろうか。僕はそうは思えない。そして、MVをより多くの人に届けるために有効なプラットフォームは、悲しいかな、YouTubeくらいしかないのだ。その場を日本のレコード会社は「ショートバージョン」という欺瞞で埋め尽くしているわけで、これは大きな損失だと思う。

 ただ、ここまで悪しざまにいってきた「ショートバージョン」だが、感心するものもなくはない。Jin-Machineの“†夏☆大好き!ヴィジュアル系†”という曲のMVのショートバージョンは楽曲として破綻がないように編集されているうえ、CDのコマーシャルとしての仕掛けもしてあって、ファンサーヴィスに余念がない。こういった細かいけれどささやかなファンへの目配せがあると、ちょっと買ってもいいかな、と思ってしまう(僕は音楽性がそんなにあわなくて買うほどまでには至らなかったけれど……)。

 まあこれは稀有な例だ。たとえばK-POPアイドルが新曲リリース前に大量のTeaserを投下して、がんがんバズらせているのを横目に見ると、やはりMVというコンテンツをどうやってプロモーションに結びつけるか、という点において日本の現状はあんまりよろしくないように思えてならない。

 関係ないがこのTeaserはジョンヨンが可愛すぎて死ぬまで見た。そして死んだ。

Oscar HudsonによるBonobo "No Reason" のビデオが手仕事炸裂の良作!

 Ninja Tuneからさきごろ新譜をリリースしたBonoboだが、彼のオフィシャルYouTubeチャンネルで公開された楽曲“No Reason”のビデオが素晴らしい。ディレクターはOscar Hudsonで、ロンドンを拠点に活動する若いディレクターだ。公式ウェブサイトによると、2016年にはuk music video awardsでBEST NEW DIRECTORを受賞しているそうで、評価も納得、これまでにもユニークビデオをたくさん撮っている。とりあえず、“No Reason”を見てもらおう。

 ビデオはマスクをして部屋着姿のひとり暮らしの男性が目を覚ますところから始まる。画面奥のドアを開くとまた同じ部屋があらわれ、もうひとりの自分に出くわす。するとそのまた奥のドアが開き、終わりの見えない無間地獄のような世界が立ち上がってくる。森見登美彦の『四畳半神話大系』にそんな似たような話があったっけな。奥に進むごとに部屋は次第に縮み、スケール感がどんどん混乱してくる。どん詰まりのドアが開くと男性が顔を覗かせ、ひとこと音楽にリップシンクをするとドアを閉じてしまう。カメラが一気に引いてゆき、曲のクライマックスにあわせて混沌が深まっていくのが印象的だ。

 最初に奥へどんどん同じ部屋が続いていくのを見たとき、てっきり部屋ひとつひとつを別に撮影してポストプロダクションで合成しているのかな、と思った。しかし、カメラが猛スピードで引いていくのを見て、これが実際にはワンショットで撮影されていることに気づいた。実際に同じ部屋を違う縮尺でつくったひとつらなりのセットがあり、その床を這うようにしてカメラが移動しているのだ。シンメトリーで消失点の低いカメラアングル、そしてカメラの移動スピードのマジックで、部屋の見かけ上の大きさを一定にしながら、まるで人やモノの大きさがめまぐるしく変化しているかのように見せているわけだ。

 同じくBonoboの公式チャンネルで公開されチエルメイキング映像で、実際のセットを見ることができる。撮影はアクションカムで行われ、事前に行ったシミュレーションにあわせたローテクな手仕事を炸裂させてあのワンショットを実現していることがわかる。

 ローテク・手仕事・ワンショット、というと、往時のミシェル・ゴンドリーの傑作MV群を思い出さずにはいられない。あるいは、野田凪の仕事とか。

 この監督のビデオはそうした先達のユーモアを彷彿とさせながら、どこか詩的な雰囲気を漂わせていたり、細かい演出に気が利いていたりとフレッシュな感触もある。たとえば、Darwin Deezの“The Mess She Made”は紙幣の肖像画に顔ハメして遊ぶというそれだけでは割りとありふれた着想を、ひとつひとつのカットのプレゼンテーションの巧みさで飽きさせることなく展開している。アイデアに頼りすぎないその姿勢が透けて見え、好感が持てる。

 あるいはGilligan Mossの“Choreograph”のビデオも、曲名をそのまま映像化した人力テクノという感じでおもしろいのだけれど、とりわけ唐突に時空を飛び越える予想外の展開にはちょっとしたポエジーを覚える。

 紹介しているときりがないのだが、One Night Onlyの“Plasticine”のビデオも良い。細かくは説明しないが、僕はとあるショットで本気で声をだして驚いてしまった。

 しばらくミュージックビデオをちまちまチェックすることから遠ざかっていたのだけれど、次のビデオが待ちきれない監督、というのを久しぶりに発見してしまった。うきうきだ。じゃないですか? ですよね。

デジタルマルチメーターを改造する。

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ちょっと思いついてやってみた改造というのはだいたい無駄に終わったりかえって不便になったりしがちなのだが、たまたまいい感じになったことがある。電子工作のために安物のマルチメーターを愛用している(下リンク参照)のだけれど、プローブが赤・黒一本ずつの着脱式でいちいち差したり抜いたりするのがめんどくさい。

ステレオジャック&プラグが大量に余っているのをいいこと改造をした。本体側にステレオジャックを取り付けたうえで、チップに+(赤)、リングに-(黒)を割りあてて、Y字ケーブル状のプローブをつくる。

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ジャックが二つあるのはもともと+のプローブの入力が2系統あるからで、基本的にどちらかにプラグをぶっ刺すだけでよい。

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本体から直接ケーブルを生やしてもよかったのだが、せっかくなのでいろんな種類のプローブをつくった。普通の針状のもの、ブレッドボードに差し込める規格のもの、ワニ口クリップをとりつけたもの。これが意外と馬鹿にならない。ブレッドボードに直で差し込めると、ためしに作ったちょっとした分圧回路の動作を確認できたりするし、ワニ口クリップもかんたんに抵抗の値を測れるようになる(冒頭の画像を参照)。あとなにかおもいついたらケーブルさえあればすぐに作り足せるのもいい。プローブって買うとそれなりの値段するし。

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ヴェイパーウェイヴのアイロニー、その裂け目――猫 シ Corp《NEWS AT 11》(2016)からひもとく

 ヴェイパーウェイヴが2017年現在いまだ死なず、むしろ根強い人気を誇っているという事実は、実のところなかなか信じがたいところがある。メディアがつくりあげるハイプを露悪的にパロディ化した、よくあるインターネット・ミームだと思っていたのに。僕はけして熱心なウォッチャーというわけではないが、ふと思い立ってチェックしてみると、いまだにコンスタントに新譜が登場していて、あろうことかある種の洗練さえ感じさせる出来の作品にしばしば出くわしてしまう。方法論的に言って、ヴェイパーウェイヴは出現した段階ですでに完成されていたと思う。だからこそ長続きする音楽ジャンルになるとは思えなかったわけだけれど、意外にもその美学(しばしば全角英数字ないしスペース入りの半角英数字で“Aestetic”と綴られる)は広く拡散・浸透し、多彩なサブジャンルを生み出すことにもなった。とはいえ、この記事ではその歴史とか全貌とか現在をどうこう言いたいわけではない。ひとつの作品を出発点に、少し考えてみたいことがあるのだ。

もくじ

  • 猫 シ Corp《NEWS AT 11》(2016)の不穏さ
  • 脆弱なアイロニーとむき出しのノスタルジー
  • 改めて、《NEWS AT 11》について
  • 補遺:88risingとフューチャーファンク
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ソヒョン(少女時代)の“Love & Affection”はほぼガバ

 少女時代のソヒョンがソロミニアルバムを出した。表題曲の“Don’t Say No”が最近のK-POPが力を入れているところのスムースなR&Bでけっこういいのだが、そこまで好みではなかったのでチェックしていなかった。けどなんとなくミニアルバムを流し聴きしたらけっこう他の曲がだいたい良くて、とくに5曲目の“Love & Affection”が良かった。いや、これは良かったというかびっくりした。冒頭、ダウンテンポだけどワイルドなビートにのって、のびのびとしたメロディが展開するのだが、なんと 唐突にもサビがガバ。 BPMが倍になってキックが歪み、四つ打ちになる。この速さは錯覚かと思って BPMを測ったら180を越えていた ので、これはガバ認定してもいいでしょう。基本が三連なのもガバ感UP。こういうガバ歌謡が他にあったら知りたい。

「誰でもミュージシャンになれる」

 身体のジェスチャを通じて音楽を演奏できる、KAGURAというシステムが発売になるらしい。自分は使ってみたいとは思わないにせよ、おもしろい試みではある。使い方次第ではステージ上のパフォーマンスがよりいっそう派手になるだろうし、こうやってパッケージングされることで、オーディオ・ヴィジュアルなパフォーマンスに対する敷居を下げることにもなるだろう。

 しかし、公式サイトなどに掲げられている、「PCとカメラさえあれば、アプリをインストールするだけで誰でもミュージシャンになれます」というウリ文句には、若干閉口してしまう。

https://gyazo.com/707ab4e90c663d0c21a590c176d2e6eb

 ミュージシャンになるだけだったらPCだけで十分だ。KAGURAを使うとなったら、PCとウェブカムを用意して、ソフトをインストールして、設定をこなし、そしてわざわざ身体を動かさなければならない。なんでそんなめんどくさいことをしなくてはならないのだろう? 細かい揚げ足とりかと思われるかもしれないが、これは真剣な話だ。それで提供される「演奏体験」は、「ミュージシャンになりたい」という人にとって満足いくものなのだろうか。いや、こればかりは実際に体験してみないとわからないけれど。

 それでも僕は、パーカッションのひとつでも買ったほうがいいんじゃないかと思う。PCを立ち上げる必要も、カメラのキャリブレーションも必要なく、ふと思ったときに手にとって、鳴らすことができる。マラカスひとつあるだけで、カウベルひとつあるだけで、じゅうぶんミュージシャンシップを楽しむことができる。そしてなにより、僕らにはこの身体があり、声がある。KAGURAを買ってまだるっこしい「演奏」をするくらいなら、マイクを買って歌声を録音したほうがいいだろう。

 これは極論であるとしても、たとえばテノリオンであったり、オタマトーンであったり、カオシレーターであったり、斬新なUIを通じて簡単でなおかつ優れた演奏体験を提供してくれるガジェットはたくさんある。電池駆動のカオシレーターを前にして、「PCとカメラさえあれば、アプリをインストールするだけで誰でもミュージシャンになれます」なんて胸を張って言えるだろうか?

 とはいえ、このソフトを単にくさしたいわけではない。マーケティングの方向として、それは違うんじゃない? と思うのだ。

 最初にも書いたように、可能性もたくさんある。複雑なプログラミングなしでモーションコントロールを導入できるということは、オーディオ・ヴィジュアルなパフォーマンスに興味はあるがプログラミングはどうもな、という人にひとつの選択肢を与えることになる。あるいは、教育の現場などではこういった身体を動かして演奏ができる仕組みというのはとても活用しがいがあると思う。しかしやはり、なにか楽器をやってみたいと漠然と思ってるけど、練習が大変で、といった人に対しては、このソフトはなかなかリーチしないと思う。なんでそんなウリ文句を選んだのかよくわからない。ただでさえPCなんてめんどくさいトラブルのかたまりなのに。

 個人的に、こういう「誰でもミュージシャン」系のガジェットやソフトでとても感心したのはPropellerheadsの出しているFigureというiPhone/iPadアプリだ。値段も無料らしい(以前数百円だった気がするけど)。

 細かい打ち込みはできない代わりに、ちょっといじって馴れてくると、とたんに多彩なビートパターンを直感的な操作でつくりだすことができるようになるし、カオシレーターふうにメロディも演奏できる。録音機能も充実しており、簡易的なミックスもできる。なにより、「演奏」と「プリセット」の配分具合が絶妙なのだ。デフォルトのまま鳴らしっぱなしにしてあちこちいじっているうちに、自然とそれっぽい音楽が出来上がってくる。これは他のどのアプリとも違う触感があって、楽しい。

 とりとめのない文章になってしまったけれども、やはりどうしても言いたいのは、PCとウェブカムなんか用意しなくても誰でもミュージシャンになれるだろ、ということだ。ソフトを売らんがためのそういうお為ごかしはひとのためにならないと思う。なんていうことを思うのは、DIY精神に神経をやられてしまっている人間の性なのだろうか。でも、音楽に親しむための第一の条件は、なんにもないところからでも音楽は生まれるし、音楽を楽しむことができる、という確信を抱くことにあると思う。

 ノンミュージシャンによるポップ・ミュージックの金字塔、フライング・リザーズ。あらゆるファンクネスを捨て去った果てに謎のポップネスだけが残ったSex Machineのカヴァーも秀逸だ。

「ことばが通じない」人はいる、けれど

togetter.com

 この一連のツイートがとにかく不快でたまらなかった。ずっともやもやとしていたら、増田にちょうど思っていたようなことを書いている人がいた。

anond.hatelabo.jp

もっと言えば、「自分の意図したように自分の発言が伝わらなかったこと」を、「この人ことば通じないな」にすり替えて片づけてしまうことに、それをいかにも「ことば」に詳しいですみたいな方が「こういう人はことばが通じないから仕方がないのです、こういう人には近づかないようにしましょう」と推奨してしまうことに、恐れを感じています。

 実際、飯間さんが挙げている例はどれも、「ことばが通じない」人の例ではなく、会話している人間のあいだに起こっているミスマッチの例にすぎない。それをあたかも一方は「ことばが通じる」人で、もう一方は「ことばが通じない」人であるかのように論じているのが不快なのだ。たとえばこれが、「ことばが通じないときのシチュエーションを分類してみました」だったら不快感を覚えなかったと思う。挙げられている例が、なにか配慮されてのことだろうかあまりにも穏当で、「それくらいの『通じなさ』だったら、会話していくうちに補えるじゃん」と思ってしまうのも、この不快感を後押ししているかもしれない。

 そりゃ、異様に思い込みが激しくてあらゆることばの意味を変に解釈する人もいれば、絶対的な知識量が少ないために大部分の成人相手だったら通じるようなことばがなかなか通じない人だっている。それはなかなか矯正することがむずかしいし、SNS上の処世術としてはそういう極端に「ことばが通じない」人を避けていく必要もあるだろうと思う。しかし、しばしば自分自身もまた相手から見たら「ことばが通じない」人になっていることもままある、ということには一切言及せず、「ことばが通じない」人っているよね、それってこれこれこういうタイプに分類できると思うんだよね、なんて言うのは、とても傲慢な態度に思える。*1

 SNS上で情報発信をする著名人がこういう判断基準を必要とすることはわかる。だって、ふつうの人が想像する以上に「ことばが通じない」人からのメッセージが押し寄せてきて、ひどいことばも投げつけられるだろうから。「山のようなリプライにいちいち相手していられないから、最低限のコミュニケーションをとれるかどうかの判断基準をつくって、返事をするかどうか決めています」と言われれば、その苦労をしのぶにやぶさかではない。著名人に限らずとも、「この人はそういう人だから」で済ませなくてはならない理不尽な場面は日常に山ほどある。「そういう人」にこちらが善意で近づいていって、結局すべてが徒労に終わり、自分がボロボロになるだけ、というのもよくある話だ。

 それでも飯間さんの一連のツイートには納得がいかない。あそこで提示されている判断基準からは、「マジで近づいたらヤバい奴」なのか、「単にことばを知らない人」なのかを峻別することはできないからだ。「ことばが通じる」側の人からすれば、どちらであれ近づきさえしなければ自分に害は及ばないのだから、知ったことではないかもしれない。しかし「単にことばを知らない人」とか、「単にことばのあやは理解できない人」はどんどん孤立させられることになる。なんといっても国語辞典の編纂者ということばのエキスパートによるお墨付きがあるのだから。*2

 この違和感も、飯間さんはことばの専門家でこそあれ、コミュニケーション一般や人付き合いの専門家ではないという点を差し引けば、納得がいく話ではある。飯間さんご本人も、辞書に載せる用例を集め、発表するような気持ちでこの分類・判断基準をツイートされたのだと思う。実際、それ以上のことを飯間さんは述べていない(たとえば「こういう人にはこう接しなさい」、とか言うことは避けている)。あくまで「こういう場合分けができる」という仮説を提示したまでだろう。それを「この分類に当てはまる『ことばが通じない』人は敬して遠ざけよ」という教訓のように受け止めるのが間違いなのだ。

 しかし、以上のように自分のなかでケリをつけたところで、飯間さんは自分を「ことばが通じる」側におき、「ことばが通じない」側を観察対象に据えるという選択をしてしまうのだな、という点は残念に思う。これは悪意ある読み方かもしれないが、サンタクロースの例にまつわるあれこれも、この図式を飯間さんがなかなか強固に持っていることを示しているように思えてならない。「ことばはそもそも通じないものであるというのを前提においた上でご覧ください。」という一文も、「『ことばが通じる』私と『ことばが通じない』人」という図式を前にすると、空疎に響く。

*1:くわえて言えば、そもそもこうした判断基準がなければ「ことばが通じる」人かどうか判断できない人というのは、その人自体「ことばが通じない」人である蓋然性がそこそこ高い気がする。「このなかに空気の読めてない奴がいる」と言われて他に誰も思い当たる人がいないとき、それはおそらく自分である。

*2:飯間さんがそうした権威主義者ではまるでないことは日頃のツイートからも察せられるけれども、こうした権威というものはまわりが勝手に付与するもので、自分で簡単に脱ぎ捨てられるようなものではない。