ただの風邪。

音楽のことを中心にいろいろと書いています。

日記 2018年12月14日(2019年は語学をがんばって、英語ブログでも始めてみようか、みたいな気分)

 The Chainsmokersのシングルを集めたコンピ。昨今のEDMの流れを汲むポップスはほぼ彼らの「Closer」のヒットに影響されていると言っていいと思う。ハードさやEDM的ケレン味を若干そぎおとしつつ、ビルドアップ‐ドロップ構造をポップスに定着させ、なにより「歌わないサビ」をトレンドに押し上げた功績は大きい。今回のアルバムも、まあ言っちゃあ最近よくあるちょっとレイドバックしたEDMポップスなんだけど、ダブステップやトラップ的な低音でアグレッシヴに攻める曲もあって、さすがの風格という感じがある。音色選びも少しひねってあるし。

 HOPIの新曲、ヴォーカルとビートで4と3のクロスになっている、というのはまあささいなこと。かっこいいバンドや。ビートミュージックっぽいことを、気負いなくさらっとやっている感じがむちゃいい。最近でたEPも今年結構聴いたし、食品まつりさんがリミックスで参加している一つ前のシングルも好きだ。Miiiさんがマルチネ放送部で紹介してたので知った。

 こぶしファクトリーのポテンシャル高すぎだろ……。ボイパが達者すぎる、全員歌上手すぎる! 声ギターもすげぇ! なんだこれは。

 これをライヴでこの完成度でパフォーマンスするのはヤバい。「あたしのなかのものがたり」は三浦康嗣さんの仕事のなかでもポップさと表現のエッジーさが極限に達していて、かつイヤホンズという声優3人のユニットでないとできない、奇跡的な作品だと思う。

www.cinra.net

 KANA-BOON自体はそこまで聴いていたわけじゃないんだけど、日本のロックシーンにおける「四つ打ち」という謎のジャンルは気になっている。あれはいったいなんだったのか(終わったということにしているけど、まあリズム・パターンにすぎないのでまだたくさんある)。英米ゼロ年代に起こったポスト・パンクリバイバルやディスコ・パンク、ニューレイヴといった流れから何故か「ズッチーズッチー」というビートだけ取り出されてめっちゃ普及、なんてイメージなんだけどどうだろう。ちなみに一番日本の「四つ打ち」ロックとイメージが近い英米の作品はTwo Door Cinema Clubの1st。とか書いてたらjunkMAさんからゼロ年代初頭のくるりアジカンDOPING PANDAの例を教えてもらう。フェスっぽい4つ打ちロックというとDOPING PANDAたしかにでかそう。というかjunkMAさんの造詣の深さ何。

 2018年はめっちゃ国内のリリースが豊作で、海外メディアのベストを見ても「中村佳穂も折坂悠太もcero もいねえじゃねえか!」という気持ちになっちゃうんだけど、ここまでリリースが充実してるのに届いてないってなると、やっぱり本腰入れて情報発信しないといけないのでは? と思う。月イチでもいいから英語で日本の音楽について書くブログでもやろうかなあ。どこのサービスがいいんだろう。Tumblr? Blogger? WordPress? Medium?

 うーんやはり、最低でも英語だよなあ。機械翻訳の精度を見る限り、それなりに読む意志と能力がある人じゃないと日英も結構厳しい。その点、出発点がそこそこのクオリティの英語であれば、英語からヨーロッパの他の言語にはまあまあの精度で翻訳できるだろうから有利だと思う。あるいは中国も今後機械翻訳の技術をのばしてくるだろうから、中国語でもいいのかも。機械翻訳業界で日本語のプライオリティて下がっていく一方だろうから、日本人が外国語を学ばなくていい、なんてことは絶対ない。むしろ低品質な機械翻訳をいつまでも読まされる、みたいなことになりかねない。

https://petitions.whitehouse.gov/petition/stop-landfill-henoko-oura-bay-until-referendum-can-be-held-okinawapetitions.whitehouse.gov

 最後に、今日から強行されている辺野古の埋め立てに抗議する、ホワイトハウスへの嘆願。まだ間に合う、っつーか、工事を開始したって既成事実が欲しいだけでまだ本格的に始まったわけじゃないし、工事は十年以上かかる。さすがにここまできたらこの国はふざけているとしか言いようがないので、ぜひ一筆。メアドと名前だけでいいです、入力した後届いたメアドのなかのリンク踏まないとだめ。

Ariana Grande「imagine」

 Ariana Grandeの新曲。もはや『Sweetener』よりも話題をかっさらっていると言える「thank u, next」に続く「imagine」も過去の恋人たちへのメッセージで、こちらは甘美な恋人同士の日常を描いたかと思いきや、コーラスでは「そんな世界を想像して」とか「そういう世界を想像できないの?」とちゃぶ台を返すようなフレーズが出てくる。失われた関係を責めるようでもあるけれど、「想像して」と繰り返すアウトロは元彼たちに「いい思い出にしよう」とお願いするようでもあり、自分自身に「そう想像しておこう」と言い聞かせているようでもある。

genius.com

 リリックビデオもさりげなく凄い。なんでデータモッシング、と思いつつ、データが欠如してサイケデリックでカラフルなイメージになっていく様子が、かつての関係を理想化しようとする曲の内容とあっているのが面白い。最後の「Imagine it」のリフレインでブラックアウトするところもいい。歌詞のなかにも「Click, click, click and post」とinstagramを彷彿とさせるラインがプリ・コーラスにあったりして、SNS時代の人間関係を背景としたこの曲にはさりげなくフィットしたビデオだ。ちゅーか、単純に、めっちゃエモーショナルじゃない?! 崩れ行く氷河がさらにモッシュされて二重に崩れていって美しいパターンが生まれていくの素晴らしい。こいつら(Ariana Grandeとそのチーム)マジで凄い。このSNSへの適応とクリエイティヴィティの発露にもはや言葉もない。

 サウンドも結構変で、低域はあんまり使わずに、かわりにステレオ感を思いっきり強調して残響成分とかハモりの配置に趣向を凝らしている。2分20秒のあたりから出てくるピアノの音が最初アタック削れていたり、音数が少ないバラードでこのスケール感を出せるサウンドデザインとアリアナの声のオーラが凄い。細かい話をすると、基本的には3連の三拍子(正確にはすごくゆったりした6/8か)にのせたメロディなのに、「Click, click click, and post~」のプリ・コーラスのところだけ付点八分っぽい譜割りなんだよね。するとそこだけスピード感が上がるの。そのラインに続いて「Quick quick quick, let's go」ってくるあたりなんか、デート中にインスタ映えするところ見つけて急いでセルフィを二人で撮って、アップして、「じゃ、早く行こう」って去っていくみたいな情景が浮かんでくる。おもしろい。

日記 2018年12月13日(DAOKO、ぼくりり、ハルコとフランシス、2009年の低音事情)

 DAOKOの新譜、前作くらいからボカロPも含めたJ-POPとアニソンやゲーム音楽界隈のあいだのマージナルなところにいるプロデューサーを起用して、テン年代のJ-POPとはなんぞやみたいなところをプレゼンしようとしている感じがあったけど、ついぞ小林武史とコラボなんかしたりしてその総括くらいの勢いになっている。神山羊や羽生まゐご、 きくおといったボカロPからORESAMAの小島英也やいきものがかり水野良樹、そして小林武史と世代も横断、TAKU INOUEや中野雅之BOOM BOOM SATELLITES)みたいなダンスミュージック寄りの文脈も抑える。90年代のJ-POP黄金期からゼロ年代のネットカルチャーまで全部ぶち抜いて「これが私のポップスじゃい!」とやる心意気は凄いというか。結果的にそこからオミットされるのがギターロックのサウンドである、というのがまた意欲的でもある(まあそこは単にDAOKOの嗜好なんだろうけど)。っていうのは、チャートにのるポップスだろうがアニソンだろうがとにかく日本のポップスにはギターが入りがちだし、ボカロPや歌い手出身のミュージシャンもなんだかんだでロック的な文脈に収斂しちゃうところがある。ヒップホップがこれだけ盛り上がっても決定的にチャートを席巻しはしないのは結局ギター入ってないからだと思うよ。だからDAOKOにはコンスタントにこういう仕事をしていってほしいと思う。

 ぼくりりのラストアルバム。まーそこまで熱心にぼくりりを追ってたわけではなく、気の利いたプロダクションと、ちょっと「意識高い」スタンスでなんとなく気になってはいたんだけれど、今年出したシングルが結構良かったというか、J-POPの若い人がデジタルクワイアやポスト・クラシカルみたいな文脈を意識して詰め込んだ楽曲をやったのが印象的で本作に期待はしていた。でもSNSでの炎上騒動もあって(しかも茶番みたいなオチというか収束……)なんだかねぇ、変にそういう色付けをしないでこの作品を聴きたかった気持ちが強い。内容は和製R&Bの文脈にガラージュとかビートミュージックをうまく接続しつつ、J-POPらしい過圧縮性とプログレッシヴなポップスを両立させていて、素晴らしい内容と思う。なんというか、J-POPを聴いていて、「こういう方向に突っ切ってくれたらもっと面白いのに」っていうのをちゃんとやってるというか。サウンド面でもアレンジ面でも。若いSSWがドメスティックな枠組みのなかでやれることはかなりやりきっていて、そういう意味ではここで一度活動に終止符を打つっていうのは仕方ないのかなぁ。トリックスター的なふるまいではなく米津玄師のようなキャリア形成ができていたらどーなってたんやろう? 「意識の高さ」をネット芸人しぐさに搾取されてしまった人だと思う。

 七尾旅人の新作だめだった。おれは受け付けなかった。ところどころ「ああ、すごくいいな」って思うんだけど、もう生理的に絶えきれないくらい駄目なところがある。通して聴けなかった。

 ドレッシーないい男といい女がなぜかLiaison Dangereuseみたいなことをしているスタイリッシュニューウェーヴユニット、こういう音楽だけで日本ができてたらいいのに。それは言い過ぎだけど。個人的には田島ハルコさんソロよりハマっている。でもご本人はいろいろとおっしゃってますけどトラックめっちゃスタイリッシュですよねソロも。日本のストレンジニューウェーヴのコンテンポラリーバージョンみたいな感じでROSALÍAばりに売れないのだろうか。戸川純が上海のフェスでヘッドライナーはる時代だぜ?(この比較は田島さんにめちゃくちゃ嫌がられそうだし、おれも適切だとは思ってないが) でもハルコとフランシスのほうが好きです。なんでだろう。おっさん成分が欲しいんだと思います。

 マーティ・フリードマンのJ-POP本を読んでいたら、2009年の記事についたタイトルが「ベーシストは失業しちゃう? J-POPから消えた低音」だと。マーティは当時のJ-POPのリリースを取り上げて低音がほとんどカットされていることを指摘して、「この勢いだと、近い将来に「J-POPから低音が完全に消えちゃう日」がやってくるかもしれないよ。」と感想を述べている。マーティの立場としては、J-POPは慣習にとらわれずに独自の進化を遂げていくべき、みたいな感じだから、必ずしも悪いニュアンスではない。にしても、実際日本のポップミュージックの低音の弱さはここ数年ずーっと指摘されてきたことで、既に10年前にははっきりとその傾向が出ていたということなんだなあ。だって「ベース頼むの忘れたのかと思った」なんて言われるくらいだし。