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稀代のクソッタレ、マーティン・シュクレリは、いかにしてWu-Tang Clanの名誉を汚したか?

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 アメリカではオルト・ライトや白人至上主義者といった類のクソッタレがニュースを賑わしている昨今だけれど、忘れてはいけないミレニアル世代を代表するクソッタレがひとりいる。マーティン・シュクレリだ。

 シュクレリは投資家兼製薬会社の(元)オーナーで、現在証券詐欺の疑いで裁判にかけられている。しかし、彼の悪名を轟かせたのは、運営する製薬会社、チューリング・ファーマシューティカルズが行った薬価の吊り上げによる。彼は希少な難病を患った人々や重篤な感染症を患った人々に必要不可欠な薬剤に対して、最大でもともとの薬価の50倍に及ぶ値上げを行ったのだ。しかも、市場における該当の薬剤の販売権を独占したうえで、だ。彼は平然と、「適正価格に戻しただけ」と嘯いてさらに顰蹙を買った。

 この行動だけでも相当な反感を買っているシュクレリだが、あることがきっかけで音楽ファンからも目の敵にされることになる。2015年に発表されたWu-Tang Clanのアルバム、《Once Upon a Time in Shaolin》の唯一の購入者になったことだ。

 《Once Upon a Time in Shaolin》は、世界で一組しかプレスされていない、一点もののアルバムだ。このアルバムは合金製のケースにうやうやしく収められ、あたかもミュージアム・ピースであるかのように競売にかけられ、あろうことかシュクレリが落札してしまったのだ。Wu-Tang Clanの最新アルバムがよりにもよってあんな男に独占されたという事実に、ヒップホップファンならずとも、音楽ファンは大きな失望を抱くことになった。

 さらに腹立たしいことに、シュクレリは自身がインタヴューを受ける度、そのBGMとして《Once Upon a Time in Shaolin》の音源をプレイしてみせるのだ。稀代のクソッタレとしてなにかとメディアに露出することが多いだけに、彼のツラを拝むたび、例のWu-Tangのアルバムについても言及されることになる。そして、毎度毎度、「なんだってこんな男の手に渡ってしまったんだ!」と憤りを覚えてしまうのだ。

hypebeast.com

 先日、証券詐欺の嫌疑について3つに有罪判決が下った直後も、彼はメディアの取材を受け、当然のように《Once Upon a Time in Shaolin》をプレイした。彼はこのアルバムの購入をどう捉えているのか? 上掲のインタヴューのなかで彼はこう応えている。

私は派手な買い物はしません。私は200万ドルをWu-Tang Clanに寄付して、その返礼としてミックステープを貰ったんです。素敵な投資でした。私はこれを寄付だと考えています。みんなはこれみよがしの浪費だと思ってるでしょう。私ほどの規模でヒップホップを支援するような人々が世界にそうそういるとは思いません。みんなには富の誇示だとか気取った見せびらかしだと思われていますけど。5万枚売って200万ドル稼ぐかわりに200万ドルで一枚だけ売ろうっていうのは、実のところ、施しを求める行為なわけです。私はそれに応えたまでです。私自身は別にWu-Tangのアルバムを200万ドルで買う必要なんてなかった、買った理由はひとえに私が音楽を愛しているからなんですよ。

 正直なところ、この発言でもっとも腹立たしい点は、シュクレリの言い分がおおよそ正当なものだ、というところだろう。

 いや、競売にかけられた商品を落札するという商行為や「投資」といった言葉を「寄付」という名目にすり替えるレトリックには物申したいところではある。けれど、そもそもこの販売形態を選んだWu-Tang(というかRZA)がおかしいのだ。おそらくは収益構造が激変する音楽産業のあり方に一石を投じようという目論見でもあったのかもしれないが、複製芸術であるポップ・ミュージックに無理やり希少価値をつけて高値で売るという行為にはたいした批評性を感じない。せいぜい、現代美術市場の既存の制度を粗雑にコピーした、一過性の賑やかしにすぎない。

 この点に関して言えば、シュクレリのほうが上手だと言ってもいい。企画倒れに終わってもおかしくないネタに、絶妙なオチをつけてくれたのだから。

 それでも、あの悪名高いクソッタレが、この世で唯一《Once Upon a Time in Shaolin》を自由に再生し、あるいは処分できる人間であるということはかわらない。ただその事実のみが、音楽ファンの神経をさかなでし続ける。

 シュクレリの裁判に出廷する陪審員を選定する際、候補となった人々は異口同音に「こんな男を客観的に裁くなどということはできない」とその任を降りている。議事録に依ると、そのなかのひとりはこう述べたそうだ。

裁判所:59番の方、前にいらしてください。
59番:裁判長、彼は完全に有罪ですし、私は彼を野放しにしてはおけません。というのも…
裁判所:わかりました。それが有罪が証明されてない被疑者に対するあなたの態度だということでよろしいですか?
59番:彼の行いすべて、彼が人々に対してやったことに対する私の態度です。
裁判所:いいでしょう。我々はあなたを陪審員の任から免除いたします。
59番それに、彼はWu-Tang Clanの名誉を汚しました。

 まあ、偽らざる気持ちを言えと言われれば、自分も同じことを言うだろうと思う。